森山みつき×外山文治─彼女の存在が、誰かの希望になっていく

外山文治

「昼の光に、夜の闇の深さが分かるものか」

 かつて擦り切れるほど読んだ小説の最後の一文はニーチェの言葉で締め括られていた。今回、初めてお会いした森山みつきさんと対談しながら、私はなぜかその言葉を思い出していた。対談を依頼したのは映画『野球どアホウ未亡人』が巷でささやかに話題になっていて、そのヒロイン演じる彼女が、抱腹絶倒のコメディを巧みに演じながらも不思議と私の心に漣を立て、棘を残す魅力を放っていたからだ。私はその理由を知りたかったのである。

「幼い頃から芝居への欲はありましたが、防衛大学に進学して自衛官になるか演技の世界に行くかずっと迷っていました。身を捧げることが好きなんだと思います。結局、大学で演劇をやって、そこから小劇場に出て、親に内緒で休学して勝手に東京に出て芸能事務所を見つけて。全部事後報告でした」

 近年は『死後写真』『共振』とインディペンデント作品に出演し、そのどれもがクセのある異質な役柄を求められたが、それでも彼女にとっては普通の人間像の範疇だった。複雑な家庭に育った彼女は、10代から普通が遠すぎる生活をしていたそうだ。よく今、真っ当に生きてるねと言われることもある。刹那の日々が彼女の異彩な光を形成しているのだとしたら、私は演技というものの存在に救われる。物語の世界とは誰にとっても等しくセーフティネットなのだから。

「映画に出演するたびに、その時の自分を焼き付けている感覚です。役を演じるときはこういう風に演じようとは考えず、その子がどう生きてきたかを感じたい。現場に立った時に自分でもどうなるか分からない感覚が楽しいです。映画に出始めて三年、過去作は日記に近い感覚があります」

 現在フリーランスで活動する彼女は、ほぼすべての役をオーディションで獲得している。ショートカットにしたのも、普通と違うものを残したかったからだそうだ。ドラマ、CMやMVと様々な媒体の中でも映画には特別な想いがあるのだという。

「映画に出られるようになってから、だいぶ生きやすくなったように思います」

 俳優は役柄を通じて自分の存在を証明する仕事であるが、もう一つ大きな役割がある。それは誰かの想いを背負うことだ。閉塞感を感じている人、出口が見つからない人、孤独な人、行き場を無くした想いを代わりに背負える存在でなければならない。華やかな憧れの提示するだけでは、それはタレントの仕事であって映画俳優ではないのである。そういう意味でも森山みつきの存在が、誰かの希望になっていくのは間も無くのことだろうと私は思う。

 「自分の醜さを、私は割と見つめている方だと思います。か弱い醜さではないし、見ざるを得ないんです。でも、白石和彌監督の作品を見た時に衝撃を受けました。10代の頃に欲しかったものが全部詰まっていて、人間の醜さを救ってくれます」

 森山みつきはすでに映画俳優の臭いを纏っている。今後はどんな俳優へと変貌を遂げていくのだろう。

 「難しい質問ですね。全然思いつかない。ただ、器でありたい。誰かの器、作り手にとっての器、役にとっての器でもいいです。器になりたいです」

 昼の光も、夜の闇の深さも、彼女がぜんぶ包むことを私は祈りたい。

外山文治
そとやまぶんじ|映画監督
1980年9月25日、福岡県生まれ宮崎県育ち。長編映画監督デビュー作『燦燦ーさんさんー』で「モントリオール世界映画祭2014」より正式招待を受ける。2020年、豊原功補、小泉今日子によるプロデュース映画『ソワレ』を公開。「第25回釜山国際映画祭」【アジア映画の窓】部門に正式出品される。2023年公開の最新作『茶飲友達』は都内1館のスタートから全国80館以上に拡大公開され話題となる。

森山みつき
もりやまみつき|俳優
1996年11月3日生まれ、大阪府出身。2018年から2020年は芸名・満月伶として主にCMで活動、2021年に樋口慧一監督『共振』で映画デビュー。以降、 2022年公開の映画『REVOLUTION+1』、2023年公開の主演映画 『死後写真』など映画を中心に活動。2023年公開の主演映画『野球どアホウ未亡人』が拡大公開中。

撮影・文 / 外山文治

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外山文治 映画監督

1980年9月25日生まれ。福岡県出身。短編映画『此の岸のこと』が海外の映画祭で多数上映。長編映画監督デビュー作『燦燦ーさんさんー』で「モントリオール世界映画祭2014」より正式招待を受ける。2020年、豊原功補、小泉今日子によるプロデュース映画『ソワレ』を公開。「第25回釜山国際映画祭」【アジア映画の窓】部門に正式出品される。

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