デジタルネイティブ世代の甘えと愁いー映画『そんなの気にしない』【根矢涼香のひねくれ徘徊記 第29回】

根矢涼香

 外は寒いので出来る限り布団に籠り、貯蓄した体の熱を逃がさないように手の届く範囲に全てを置いている。暖房のリモコン、照明スイッチ、箱ティッシュ、水、喉スプレー、保湿オイル、読書途中の本、そして何より厄介なスマートフォン。朝起きたらカーテンを開けて白湯を飲んでヨガを……したいところだが、実際は日光を浴びるより先にブルーライトを浴び、LINEやメールが来ているか確認して、ストーリーで友人の動向をチェックする。(最近服買ってないなあ)(引越ししたいなあ)(友達の子供可愛いなあ)(旅行行きたいなあ)などと、隣の芝生につい引っ張られそうになる。いいね! というよりもいいなあ……の羨望に近い。ぼんやりしているうちに貴重な休日の午前中は過ぎていき、脱皮する芋虫の如く布団から這い出る。流行最前線の斜め後ろを生きている自分にとって、タイムラインは世間の流れを掴む頼み綱の役割も果たしている。1人1台インターネット。そんな時代になって久しい。

 ジュリー・ルクストレ監督、エマニュエル・マール監督による映画『そんなの気にしない』は、デジタルネイティブと呼ばれるY世代・Z世代の甘えと愁いを、ものすごく等身大に描いている一作だ。主人公カサンドラを演じるのは、『アデル、ブルーは熱い色』のアデル・エグザルコプロス。演技というよりもその人の日常のリズムに観る側が溶け込んだかのような臨場感がある。

 格安航空会社の客室乗務員をしている26歳のカサンドラ。マッチングアプリでのユーザーネーム「Carpe Diem(今を生きる)」に忠実に、フライトからフライトへ、パーティーからパーティーへ、日々を生きている。しかしある災難がきっかけで、地に足の着いた世界と再びつながることを余儀なくされる。果たして彼女は、心の奥底にしまいこんだ痛みと向き合い、置き去りにした人々のもとに戻ることができるのか。

 フライトアテンダントと聞けば華やかな世界を想像してしまうけれど、それは表面上のイメージでしかないことは、カサンドラのため息ひとつでよくわかる。機内販売の売り上げを上司に責められ、悪気はなくても規約に違反した乗客には例外なく対処しなければならない。相手も自分も人間だ。マニュアルの中で削られた心の窪みを埋めるかのようにスマホを手に取り、マッチングアプリやインスタグラムで他者をスワイプする。クラブを渡り歩き、刹那的に人と繋がっては別れ、深入りはしない。仲間とプールサイドで過ごしていても気怠そうだ。他社のCAの投稿を眺め、「単なる写真じゃなくて人生が写っている」と彼女は言う。会社から年末の人手不足の連絡を受けたカサンドラは迷いもなく「シフトに入れます」と答え、その年も実家に戻らないつもりのようだ。営業成績は良いが、出世欲はない。今より良い条件の会社を目指す同僚と話をしても、航空会社への不満を掲げるデモに誘われても、変化を望んでいないと一蹴する。何にも期待していないというのは、何かに期待して失敗することを恐れているようにも見える。乗り捨てできるスクーターで街を走る彼女の人生には所有するものはなく、どこにも根を下ろさない。身軽で自由なはずなのに、他人と比較しないと自分を測れない不自由さに縛られている。飛行機から見える景色や、高層ビルを写真に収めて投稿していくのは、充実した日常を演出するスタンプラリーのようだ。携帯を操作するどころか、誰かの作った価値観に操作されているかのようにも見える。外部のリアルタイムで埋め尽くされ、本来の自分の見るべき今を先送りにしてしまってはいけない。

 飛行機によって運ばれる毎日を送るカサンドラだが、彼女自身はどこへも動いていない。これから自分たちはどこへ行くのだろう。目の前の漠然とした不安を、この映画が鏡となって照らす。自己啓発本、セミナー、コンサルという言葉が耳に馴染み、手元の機器から財を得たり、有名になれる可能性さえある現代では、選択肢が多すぎるあまり、方向づけてくれるなにかが欲しくなる。映える方向に日々が移動してくれたらどれだけ楽だろう。でも結局、自分の人生を運ぶことができるのは誰でもない自分自身しかいない。めんどくさい事というのは、本来向き合わなきゃいけないことだったりする。カサンドラにとっては、帰れるのに帰ろうとしない家族のもとである。わたしにとっては……ひとまず確定申告なんかだろう。うーむ。一気に現実に引き戻された。「書を捨てよ町へ出よう」ならぬ「スマホを伏せよ前を見よう」だ。何事も、やらねばすすまない。

『そんなの気にしない』
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根矢涼香
ねやりょうか|俳優
1994年生まれ。主な出演作に『凪の憂鬱』、『シュシュシュの娘』、ドラマ『カメラ、はじめてもいいですか?』など。俳優業のほか、写真家やイラストレーターとしても活動している。

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根矢涼香 俳優

1994年9月5日、茨城県東茨城郡茨城町という使命とも呪いとも言える田舎町に生まれる。近作に入江悠監督『シュシュシュの娘』、野本梢監督『愛のくだらない』などがある。石を集めている。

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