沖縄の自然と生活の距離に想いめぐらせてー映画『ホテル・ハイビスカス』【根矢涼香のひねくれ徘徊記 第25回】 2023.10.25
三線が響き渡る月夜の公園で、私と友人の細谷はあんぐりと口を開けていた。彼女とは中学時代からの仲で、私は細谷の移住先である沖縄県の読谷村に遊びに来ていた。ローカルな居酒屋で女二人泡盛を注ぎ合っていたら、いつしかお客は私たちだけに。休憩をしに店主が腰をかけに来る。「内地からかい。お祭りまでいるんかい」と聞いてきた。お祭りがあるの? 細谷に尋ねると「週末にエイサー踊りがあちこちであるよ」と教えてくれた。旧盆だ。その日の前に飛行機を取っちゃったから、見られなくて残念です、と告げた。すると店主はちょうど入ってきた常連客らしい男性をつかまえ「この子らにエイサーの練習を見せてあげてよ」と言った。「いいすよ」と答えた若い男性は、地元で農業をやっている方だった。
エイサーとは沖縄の伝統芸能で、地域の青年会が躍りながら練り歩く盛大な盆踊りだ。なんとなく知ってはいたものの、実際目にしたことがなかった。沖縄の人がご先祖様を大切にしているということは、お墓の大きさからも見ても伺える。見えるものと見えないものが共存できることと、自然の雄大さは無関係ではないと思っている。体全部を満たす、土と水を含んだ空気の匂いの濃さ。意思があるように伸びる樹木。そこに潜む生き物の気配。ハブだって出るし、毒のある魚もいる。スコールや台風だってある。人が支配できるものの少なさを知りながら注意深く、敬意を払って道を歩く。「でいごの花がよく咲いたから今年は台風が来る」と、すれ違った“おじい”の言葉を聞いて、ここの人たちの自然と生活の距離に想いめぐらせる。その恵みも厳しさも知っている。
ある夜に1匹だけ彷徨う、迷い蛍を見た。流れ星も見えた。それらと同じようにご先祖様もふっと現れたりするのだろうか。そんな不思議な出来事ならあってほしい。そう信じたくなる、とてもチャーミングで大好きな1本の沖縄映画がある。中江裕司監督による『ホテル・ハイビスカス』だ。
沖縄のとある場所に立つホテル・ハイビスカスに、行き倒れた一人の青年が運ばれてくる。古くて客室も一つしかない宿だが、この場所を営む人達はみな明るく個性的な顔ぶれだ。稼ぎはないがビリヤードと三線が得意で和やかな父ちゃん。その代わりに家族の生計を支えるたくましい母ちゃん(余貴美子さん)。母ちゃんと米国人の間に生まれたケンジにぃにぃと、サチコねぇねぇ、煙草を吹かしたおばあと一緒に、小学三年生の美恵子(蔵下穂波さん)は仲良く暮らしている。美恵子は、森の精霊“キジムナー“に興味津々だ。遊びに家事に大忙しの彼女は、サチコねぇねぇとアメリカ旅行に出かけてしまったお母ちゃんの不在中に、ささやかな冒険を繰り広げていく。
海風にさらされてガビガビの看板。飼い犬ではなくヤギが繋がれている。元気に駆け回る、子どもらしい子どもを見ると嬉しくなる。礼儀正しく大人同様に問答できることも大したものだけれど、劇中の美恵子のように屁をかまし、自由気ままに奇声をあげてくれると、明るく広くあけっぴろげな家族の中で育っているのだなと感じる。動かなくなった洗濯機を蹴り飛ばす母ちゃんも最高だ。家族間で繰り広げられる“オキナワン”ミュージカルもカラフルで楽しい。息を飲むほど楽園のような景色が至る所にあるが、悲しい歴史の影もそこにある。正直な美恵子は、お盆になるとご先祖様を拝む家族を見て、「死んだ人が帰ってくるわけないさ!」とお供え物を落としておばぁに怒られる。彼らの怒り方からは、根底にある深く広い愛情を感じるからだろうか、胸に突き刺さる。
私たちは翌日の夜に指定された時間と場所に行くと、幻想的な光景が広がっていた。衣装ではなく普段着の若者たちが足並みそろえて太鼓を打ち鳴らし、女の子は手で踊る。小さい子供も一人混ざっていた。見物客は私たち二人以外に誰もいないーーヤモリやコウモリはいたかもしれないけれど。こういった伝統の踊りは、衣装を身に着けたものばかりを見てきたので、完成された揺るぎないものとして思い込んでしまっていた。こうやって集まって幾日もかけて体に馴染ませていくのだ。私たち役者だってそうなのであるが、ふとそれを忘れてしまう時がある。躍り手の中に昨日の男性は見当たらず、あれ? と思ったら三線をかき鳴らし歌声を響かせる張本人だったので、我々は驚いた。
土地特有の音楽の調べや、会話の音に乗ってみるのも気持ちが良い。友人らの誘惑に駆られて、心地の良いリズムの場所で暮らすことを妄想する。夢を膨らませるのはフリー(無料&自由)だ。そんなことを、沖縄弁だか茨城弁だかも分からない言葉をふりかけあっていた。
根矢涼香
ねやりょうか|俳優
1994年生まれ。友人・細谷は『ワイルド・スピード』や『ミッション・イン・ポッシブル』のサウンドトラックを聴くと運転が荒くなる。沖縄にいても茨城県民らしかった。
文 / 根矢涼香 撮影 / 西村満 スタイリスト / 山川恵未 ヘアメイク / 牧口友紀(TOKYO LOGIC)
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DOKUSOマガジン10月号(vol.25)、10月5日発行!表紙・巻頭は若葉竜也、センターインタビューは北香那!
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1994年9月5日、茨城県東茨城郡茨城町という使命とも呪いとも言える田舎町に生まれる。近作に入江悠監督『シュシュシュの娘』、野本梢監督『愛のくだらない』などがある。石を集めている。