見覚えがある、身に覚えがある──『シック・オブ・マイセルフ』

折田侑駿

 酒の席で目立とうと、調子に乗ったことがある。たとえばそれは学生時代のバイト仲間との飲み会でのこと。まだろくに飲めないため甘ったるいカクテルを吸い上げては不慣れなホロ酔い気分で大口を叩き、軽口を叩き、ついには誰かから頭を叩かれる。これを繰り返していくうちに羽目を外すのが当たり前に。やがてこれがエスカレートすると、酒席以外でも悪目立ちをするようになる。アルコール度数の高い缶チューハイやカップ酒などをあおっては手っ取り早く酔い、アッパーな状態で街を闊歩しては全能感に満ちた自分を世間にアピール。いつしか周囲の誰もが一目を置くようになる……というのはむろん錯覚である。こんな経験に心当たりがないだろうか。

 「ヤバいな」「イケてるぜ」「サイコー!」「この酒クズ野郎が」──どの言葉もいつからか褒め言葉だと感じるようになるものだが、誰ひとりとして私やあなたを褒めてなどいない。これを“褒められている”と受け取っているのならば、それはマヒ状態にある脳が起こした誤作動であり、日常的に抱いている「注目されたい」「かまってほしい」といった気持ちの表れである。じつに恥ずかしい、酒飲みとしての矜持をまだ持っていなかったあの頃。思い出しただけで酔いがさめてしまう。しかしこういった人々は年齢に関係なくつねに一定数いる。誰かの誰かに対する興味・関心はSNSによって可視化され、その勢いは燃え盛るよう。そう、誰もが注目を浴びたい時代なのだ。

 クリストファー・ボルグリ監督による『シック・オブ・マイセルフ』を観ていて、こんな思いを強くした。というより、本作が描くヒロイン像には見覚えがあるし、身に覚えがあると思った。恋人がアーティストとして世間の注目を集めていることに堪えられなくなった主人公・シグネ(クリスティン・クヤトゥ・ソープ)は、人々の注目を集めるため、大変な副作用のある違法薬物に手を出してしまう。そして“悲劇のヒロイン”を演じ、狙いどおりに彼女は人々の関心を集めることに成功。しかしその欲望は、やがて暴走していくことになる──。

 これは酒の席で目立とうと調子に乗り、味をしめてクセになり、取り返しのつかないところにまで行き着いてしまう人間のパターンと同じである。周囲の人々の注目を得たいがためにアクロバティックな飲酒行動を展開し、地獄を見た人間を私は何人も知っている。地獄を見ても現世に帰ってこれるならばまだいいだろう。しかし、行き過ぎた言動がアダとなり、やがてネット上に残るアザとなり、そのまま帰ってこれない者も少なくないのだ。私やあなたのような大酒飲みは互いに監視し合い(=支え合い)、助け合っていくほかない。普段はクールなキャラクターを気取っていても、心のどこかに目立とうなどという浅ましい感情があれば、それが酔いに任せてふっと顔を出す。改めて、私たちは気を引き締め直さなければならないだろう。欲望というのは生きていくうえで排除できないもの。だからこそコントロールしていくしかない。

 つまり何が言いたいのかというと、アルコールを口にした自分がどのような状態になるのかを把握し、酩酊時に現れるもうひとりの自分とうまく付き合っていかねばならないということだ。「いいね」が欲しいのもけっこう。ちょっと気を大きくして「注目されたい」のもけっこうである。しかしだ、「お酒はガソリン」などと舌を出してはしゃいでいるうちはまだまだアマチュアなのだと心得るべし。胸に手を当ててみて欲しい。アルコールを燃料として切実に必要とし、この社会を走っている人々がいるのだから(涙が溢れないように天を仰ぐ)。

『シック・オブ・マイセルフ』
監督・脚本 / クリストファー・ボルグリ
出演 / クリスティン・クヤトゥ・ソープ 、エイリック・セザー、ファニー・ベイガー
公開 / 新宿武蔵野館、渋谷シネクイントほか公開中
配給:クロックワークス
© Oslo Pictures / Garagefilm / Film I Vast 2022

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折田侑駿 文筆家

“名画のあとには、うまい酒を”がモットー。好きな監督は増村保造、好きなビールの銘柄はサッポロ(とくに赤星)。

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