時間をかけて残してきたものを振り返ると、すでにそれは1つの映画【根矢涼香のひねくれ徘徊記 第24回】

根矢涼香

 過ぎてしまう日々の気持ちをカメラで捉えてゆっくり歩く。

〇月1日
 人けのない真っ昼間、雨の日に散歩をしてみる。仕事のあるときは大抵早歩きだから、慣れた道をゆっくり歩くのも新鮮だ。ポケットにはiPhoneの代わりにメモ帳とペンを入れている。雨だから人が歩いていない。唯一出くわしたのは最近知り合ったおじいさん。長年自主映画を作っているらしく、ひょんなことから以前いくつか作品を観せていただいたのだ。ガレージで作業をしていた。こんちには、また友達と遊びにおいで、と話をした。手を動かし作り続ける人はいくつになっても元気だよなあ、と考える。

〇月11日
 今、私の手元にはカタツムリがいる。地元を父と歩いていたら、道の真ん中を這っていたのを踏みそうになった。フィルムケースに入れて一時避難させたのはいいが、愛着がわいてそのまま誘拐してきたというわけだ。調べるとコケを食べるそうで、作っていたテラリウムがようやく家主を迎えられた完璧な屋敷となった。結局全然コケなんか食べず、西瓜や南瓜をむしゃむしゃ削り取る。熱くても寒くても殻に引きこもるが、興味あることにはまっすぐ進む。用心深く確かめながら、ゆっくり壮大に進む。しばしば私の歩き方は前のめりになっていると友達に指摘され、スピードも速いので何とかサウルスみたいだと言われる。姿勢と心は繋がっているなら私の場合、あれこれ思い描くことに対して大抵身体が追いつかないのだろう。向き合うこと一つ一つを順番に考えるようにすれば、真っ直ぐ落ち着いて歩けるかしらと思う。カタツムリを眺めているだけで、勝手にこっちの思考スピードも遅くなる。それどころか空っぽにさえなれて良い。最近、私はこの子を「師匠」と呼んでいる。

〇月21日
 ヌード写真を撮影させてもらう。彼女は長期間現場で切磋琢磨してきた、女優仲間と呼ぶよりも戦友という方がしっくりくる。「ジョユウ」という言葉の中に、痩せて、色白で、髪を伸ばした、ステレオタイプなイメージを若い頃はどこかで持っていた。食事を減らして運動してキレイを保とうとしていたが、そこばかりに齷齪することで欠けていく何かの重さに耐えかねて、途中から価値観の船を乗り換えることに決めた。美しさの基準は自分で決めて良いはずなのだが、当時は自信がなくて、他者からの声に怯えて自分を傷つけてきたかもしれない。今回の現場は、好きなご飯をめいっぱい食べて、これまでにないほど運動をして、体重を増やす必要があった。筋肉で大きくなった友の背中はたくましく、おなかや二の腕についた肉を掴んで見せ合って称え合っていた。目指す役の身体に徹することの気持ちよさ。化粧は汗で流れ落ちるから途中からするのを止めた。そこにあったのは赤ん坊のような素顔で笑う女たちの顔だった。1年半続いた撮影が終わった。頑張ってつけた筋肉も動かさずにいると萎んでいって、気づけば6キロほど落ちていた。今までなら嬉しいことだったはずなのに、この時間を覚えている身体はこのままどこかへ消えていくと思うとさみしくなった。友人は今のこの肉体を愛していると言った。私も同感だった。そういうわけで、裸を写真に残すことにした。私も服を脱いでついでに写してもらった。人間の身体ってこんなにおしゃべりなんだなあと感心する。それぞれの孤独も憧れも諦めも、この先への期待と不安も刻まれる。見える形で残すことは、安心して次の舵を切る勇気になる。生活のとなりで絶えず変わり続けるカラダ。前より痩せにくくなったり、体力もなくなったり、しみやしわが増えてくるかもしれない。そういう変化を、ああ私らここまでやってきたよねと、自分の心と身体には仲良く肩を組んでほしいと思う。

〇月31日
 最近出かけるときはカメラと一緒だ。完全に私の脳の容量の役割を果たしていると思う。赤ちゃんを産んだ友人の姿を写す。日本一をかけてバトルに挑む友人を写す。いつも支えてくれている助監督さんを写す。写真でも、映像でも、あるときは正面切って、あるときはこっそり。愛おしい人達が、悩み、もがいて、決断していく。私の見えないところではきっと何十倍も、みんな、ひとりで。レンズを通すとほんの少しだけその時の彼女たちに触れられる気がする。過去の、もしくは未来の私も呼応して。背中を押しているつもりが押されている。時間をかけて残してきたものを振り返ると、すでにそれは1つの映画だな、と思った。

 長い作品を終えると、少しの間新しい本や映画を吸収できるまで時間がかかる。自分の中に渋滞した色んな気持ちを消化するべく、この場所に書き留めさせていただきました。

根矢涼香
ねやりょうか|俳優
1994年生まれ。「師匠」は自然の雨水が恋しかろうと思い、雨の散歩に連れて行った。人生で初めて「生き物をお散歩につれていく」というイベントを達成できました。

文 / 根矢涼香 撮影 / 西村満 スタイリスト / 山川恵未 ヘアメイク / 木内真奈美(OTIE)

今回の記事を含む、ミニシアター限定配布のフリーマガジン「DOKUSOマガジン」9月号についてはこちら。
DOKUSOマガジン9月号(vol.24)、9月5日発行!表紙・巻頭は井浦新、センターインタビューは門脇麦!

お近くに配布劇場が無いという方、バックナンバー購入ご希望の方は「DOKUSOマガジン定期購読のご案内」をご覧ください。

根矢涼香 俳優

1994年9月5日、茨城県東茨城郡茨城町という使命とも呪いとも言える田舎町に生まれる。近作に入江悠監督『シュシュシュの娘』、野本梢監督『愛のくだらない』などがある。石を集めている。

この連載の人気記事 すべて見る
今読まれてます RANKING