松浦慎一郎×外山文治─まるで漫画のような不思議な運命を持つ男

外山文治

 映画業界に欠かせない男、松浦慎一郎の役者人生は波瀾万丈だ。彼の身に起こった災いはすべて好転する。まるで漫画のような不思議な運命を持つ男である。

 長崎県西部に位置する五島列島で育った純朴な松浦は、学生時代に見たタレント募集の広告に惹かれ、友達と二人で応募した。だが当日にドタキャンされ、謝罪のために事務所を訪れるとなぜだか所属が決まった。しかしそれは紛れもなく詐欺まがいの事務所だったという。

「レッスン費用がとても高くて。でもCMが決まればすぐ返せると説得されました。先輩達は誰もがそうやって返した、と。だから所属しました。疑うことを知らなかったですね。枯れ木を演技で表現する授業で、講師が絶賛してくれたんですよ。震えるくらい嬉しかった。でも所属生が皆、辞めていくんですね。仕事はないし黒い噂もあって」

 福岡で働きながらレンタルビデオ屋(私がバイトしていた店の会員さんでした)に通い、貪るように映画を観て芝居への情熱を温めた彼は、所属生がひとりになったことをきっかけに、東京行きを決心する。

「上京後もレッスンに明け暮れました。関係者には方言の訛りが強いから諦めたほうがいいと言われたけど、公園や大学の校舎に忍び込んで発声練習をしていました。でも食べていけず、タウンワークを眺めていると近所のワタナベボクシングジムの受付の募集があったんです。そこで世界的名トレーナーの洪東植さんに『綺麗な目をしている』と言われました。『役者を目指して東京に来た』というと、『バカ言うんじゃないよ! すぐ辞めなさい。お金がないなら私のアシスタントになれ』と怒るんです。後で気づいたんですが、“役者”じゃなくて“ヤクザ”を目指して上京したと勘違いされたみたいで」

 更生の道として謎のボクシングトレーナー生活が始まる。やがてあの内山高志選手のチームに加わると、世界戦を戦う日々を過ごすことになった。いったい日本にどれほどタイトルマッチを戦える幸運なトレーナーがいるだろうか? それでも彼は、ジムの屋上でひとり発声練習を続けていた。周囲にはかなり奇妙な目で見られていたという。

 ある日、ジムの体験レッスンに少年隊の東山紀之さんがやって来た。多くのインストラクターが指導を熱望したはずだが、東山さんは「君に教わりたい。僕が芝居を教えるから、君がボクシングを教えてよ」と松浦を指名してくれた。

 そこから松浦は東山さんに映画やエンタメのイロハを教えてもらい、代わりにボクシングを指南する日々を送ることになった。舞台公演の付き人にもなり、現在の彼の真摯な仕事への取り組みは東山さんから礎を学んだものなのだそうだ。

 やがて松浦はその特技を活かして映画『百円の恋』に俳優兼ボクシング指導で参加すると、彼の仕事ぶりは噂となり『あゝ荒野』『BLUE』『アンダードッグ』『ケイコ 目を澄ませて』『春に散る』と、映画業界に広く重宝される人材になった。こんな成功例は彼にしか成し遂げられないだろう。

 これまで沢山の不遇もあった。借金もあったし、挫折もあった。何度も諦めそうな夜を超えて、今ようやく俳優としてスタートした実感があるという。

 「運がいい」と彼は言うが、果たしてこの幸運の連鎖を運だけで片付けていいのだろうか。彼の映画に対するあまりに純粋な想いが例え多くの困難を招いたとしても、皆が彼に手を差し伸べる。「世の中にはいいことが沢山あるよ」とギフトを与える。だから彼は選ばれ続ける。映画のような人生を送る彼は、未来の日本映画を支えていくべき男になった。

 最後にやってみたい役は? と問うと「誠心誠意、頂いた役に尽くしたい」と答えてくれた。そんな愚直な松浦慎一郎に、私達はいつまでも微笑んでいてもらいたいのだ。

外山文治
そとやまぶんじ|映画監督
1980年9月25日、福岡県生まれ宮崎県育ち。長編映画監督デビュー作『燦燦ーさんさんー』で「モントリオール世界映画祭2014」より正式招待を受ける。2020年、豊原功補、小泉今日子によるプロデュース映画『ソワレ』を公開。「第25回釜山国際映画祭」【アジア映画の窓】部門に正式出品される。最新作『茶飲友達』が全国公開中。

松浦慎一郎
まつうらしんいちろう|俳優、ボクシングトレーナー
1982年9月22日 生まれ、長崎県出身。『百円の恋』『あゝ、荒野』『アンダードッグ』『BLUE/ブルー』『ケイコ 目を澄ませて』などに出演兼ボクシング指導・監修を務める。2023年は映画『有り、触れた、未来』『怪物』に出演したほか、瀬々敬久監督映画『春に散る』が公開中。

撮影・文 / 外山文治

今回の記事を含む、ミニシアター限定配布のフリーマガジン「DOKUSOマガジン」8月号についてはこちら。
DOKUSOマガジン8月号(vol.23)、8月5日発行!表紙・巻頭は横浜流星、センターインタビューは中島歩!

お近くに配布劇場が無いという方、バックナンバー購入ご希望の方は「DOKUSOマガジン定期購読のご案内」をご覧ください。

外山文治 映画監督

1980年9月25日生まれ。福岡県出身。短編映画『此の岸のこと』が海外の映画祭で多数上映。長編映画監督デビュー作『燦燦ーさんさんー』で「モントリオール世界映画祭2014」より正式招待を受ける。2020年、豊原功補、小泉今日子によるプロデュース映画『ソワレ』を公開。「第25回釜山国際映画祭」【アジア映画の窓】部門に正式出品される。

この連載の人気記事 すべて見る
今読まれてます RANKING