自然に動いてしまっている自分こそが答えだー映画『ショック・ドゥ・フューチャー』【根矢涼香のひねくれ徘徊記 第23回】

根矢涼香

 根矢のやつまた音楽映画かよ、というツッコミはここで先に受けておこう。3カ月連続、音楽映画紹介記だ。好感を持てる映画は幅広いのだけれど、昔から偏食気味になりがちなことが多く、今の私はそういう時期らしい。高校生の頃は毎日のお昼がメロンパンの時期もあればカレーパンだけの時期もあった。放課後は5日連続で魚介濃厚つけ麺を食べても飽きないのだ、ハマっている間は。ただし健康には悪いかもしれない。ということで、読者の皆様には忍耐強く付き合っていただき、大感謝なのでございます。

 今回は私が楽しみにしていたにもかかわらず、映画館で観る機会を思いっきり逃してしまった映画、マーク・コリン監督による『ショック・ドゥ・フューチャー』を紹介しよう。

 舞台は1978年のパリ。主人公のアナは、依頼されているCM楽曲の制作が全く手につかず、担当者からの留守電を溜めるばかり。そんな時、機材の修理に来た男が持っていた日本製のリズムマシンに出会い、ドラムや楽器の演奏に頼らない、自分一人で作り上げる新しい音楽に向かっていく。男社会の音楽業界で奮闘する若き女性ミュージシャンが、当時まだ誕生したばかりの電子音楽に魅了されていく、一日の出来事を描いた物語だ。部屋を暗くしてなるべく大音量で没入して観たい78分間。ヘッドフォンで聴きたい映画No.1と言ってもいい。アナを演じるのは女優・モデルであり、フレンチ・ポップ・バンドのBurning Peacocksのリードボーカルとして活躍するアルマ・ホドロフスキー。『エル・トポ』、『ホーリー・マウンテン』のアレハンドロ・ホドロフスキー監督のお孫さんなのである。

 映画の始まりを流れる古い音楽を止め、「ダサい音楽」とアナが呟く。寝転がって煙草をふかし、やがて彼女が選び取るカセットから流れるのは、セローンの「Supernature」。第6回目の連載でも紹介した、『CLIMAX クライマックス』(ギャスパー・ノエ監督)の最高なダンスシーンでも使用されていたあの曲だ。煙を吐きながらパンツ丸出しで気だるげにエクササイズをするアナに早速ハートを射抜かれる。宇宙船の操縦席のような巨大なシンセサイザー前に立ち、めがねを装着するアナは、これから離陸準備にでも入るかのようだ。実在するフランスのミュージシャン、クララ・ルチアーニは同名で登場してくるのだが、アナとクララ、二人の作曲風景をずっと眺めていたいし聴いていたい。まだ見ぬ音を掴もうと試行錯誤する地道な作業の眩しさ。パズルがハマるようにこれだ! という瞬間を繰り返して、二人の城を築いていく。売れる売れないで型にはめるのでなく、何でも試してみようとするこういう時間が一番楽しいんだよなあ。海中に響くようなクララの声、銀河を突き進むようなアナのエレクトロ・サウンド。作曲を終えてソファに腰かけ砕けて笑う二人の姿に、これは青春映画だと気が付く。音楽は心の飛行で、まだ見ぬ世界へと冒険させてくれる。今、何かものづくりに取り掛かっている人は、この映画を観終えたら今すぐ作らなきゃ! とアナのように机にしがみつくかもしれない。

 劇中のBGMは登場人物たちがシーンの中でかけているレコードや奏でている音楽なので、より一層その場に居合わせたように気分や感動に乗りやすい。部屋に一人きりで音楽に揺れる時。友人と二人でレコードを聴く時。勝負どころのホームパーティー。それぞれのノリ方、踊り方も個性が表れて楽しい。こういう、音楽がかかって大勢いるような場所での振舞い方を初め私は分からなかった。実際は人目を気にするより音に身体を預ければ良くて、どう踊ろうと踊るまいと、何だっていいのだと友人らの背中から教えてもらったように思う。自然に動いてしまっている自分こそが答えだ。(これぞスーパーネイチャー!)

 次の日の朝。外は雨だったけれど散歩に出てみた。お気に入りの公園の東屋に座ってぼうっとし、耳を澄ませる。雨の音。雨が木の葉を叩く音。もうすぐ晴れるのか遠くで鳥の声もする。気付けばかすかに自分は鼻歌を歌っていて、なるほど、音の中で遊ぶというのは心地が良いものだ。映画の中でアナは「曲を作るのは瞑想に近い。頼りになるのは直感やイメージ」と言っていた。気持ちが良い質感や呼吸のしやすさ、心音の近さを探していくことは、自分がどのような人間かという輪郭をはっきり掴める行為なのかもしれない。劇中のアナの我儘に見える仕事相手への振舞いも、セクハラ発言を受けたときの顔のしかめ方も、友人のレコードが微妙だったらはっきり伝えるのも、強い信念や自身の音楽を持っているからだろう。きっと彼女が生み出すものはやがて船となって、見たことのない景色へと、周りを道連れにして旅をしていく。数々の先駆者になった女性作曲家たちに想いを馳せる。過去の新しいものを栄養にしながら、未来へ向けた何かを私も、生み出せるだろうか。

『ショック・ドゥ・フューチャー』
Blu-ray&DVD発売中
発売元 / アット エンタテインメント
販売元 / TCエンタテインメント
© 2019 Nebo Productions - The Perfect Kiss Films - Sogni Vera Films

根矢涼香
ねやりょうか|俳優
友人がシンセサイザーを買い、最近我が家で練習している。BS松竹東急にて毎週月曜10時30分より放送のドラマ「カメラ、はじめてもいいですか?」に八重樫ナギ役で出演中。

文・イラスト / 根矢涼香 撮影 / 西村満 スタイリスト / 山川恵未 ヘアメイク / 木内真奈美(OTIE)

今回の記事を含む、ミニシアター限定配布のフリーマガジン「DOKUSOマガジン」8月号についてはこちら。
DOKUSOマガジン8月号(vol.23)、8月5日発行!表紙・巻頭は横浜流星、センターインタビューは中島歩!

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根矢涼香 俳優

1994年9月5日、茨城県東茨城郡茨城町という使命とも呪いとも言える田舎町に生まれる。近作に入江悠監督『シュシュシュの娘』、野本梢監督『愛のくだらない』などがある。石を集めている。

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