演技を超えた先にある見逃せないもの『ターコイズの空の下で』 『DAU.ナターシャ』 2021.2.16
日本では年間1200本以上もの映画が公開されています(2019年の実績より)が、その全ての作品を見ることはどれほどの映画好きでも金銭的かつ時間的にもまず不可能です。
本コーナーでは映画アドバイザー・ミヤザキタケルが、DOKUSO映画館が掲げる「隠れた名作を、隠れたままにしない」のコンセプトのもと、海外の小規模作品から、日本のインディーズ映画に至るまで、多種多様なジャンルから“ミニシアター”の公開作品に的を絞り、厳選した新作映画を紹介します。
『ターコイズの空の下で』2/26公開
©TURQUOISE SKY FILM PARTNERS / IFI PRODUCTION / KTRFILMS
第68回マンハイム・ハイデルベルグ国際映画祭において二冠に輝いた日本・モンゴル・フランス合作のロードムービー。監督・脚本を務めるのは、海外で育ち、4ヵ国語を操るマルチリンガル俳優として『キス・オブ・ザ・ドラゴン』や『ラッシュアワー3』などに出演し、俳優に留まらずアーティストとしても活躍するKENTARO。
近年目覚ましい活躍を見せる俳優・柳楽優弥を主演に、東京で贅沢三昧の自堕落な日々を送る青年・タケシが、先行き短い資産家の祖父の頼みでモンゴルへと渡り、第2次世界大戦終了時に現地女性との間に設けた娘の行方を探すことになるのだが…。
誤解や語弊を承知で言うが、本作に対する評価は大いに割れると思う。ある程度映画を見てきている人でなければ、描かれていることの本質を汲み取る能力に長けていなければ、本作が挑戦していることの価値に、マンハイム・ハイデルベルグ国際映画祭において国際映画批評家連盟賞に加え、“型破りかつ表現力に優れた作品”に贈られる才能賞を受賞している理由には気が付けない。
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無論、何を感じ取るかは人それぞれだし、受け取り方も自由であるべきだし、そこに正解・不正解を見出すこと自体ナンセンスなのかもしれない。自分でも矛盾したことを言っているのは分かっている。でも、僕はこの作品の良さが一人でも多くの人に届くことを願っている。だからこそ、より深いところまで噛み締められるかもしれない見方の一つを提案させて頂きたい。
日本が主な舞台となる物語序盤、タケシが置かれている状況や、祖父の過去が映し出され、行方知らずの祖父の娘をモンゴルへ探しに行くといった物語の方向性・目的が提示されていく。言わばセオリー通りの描き方であり、特筆すべきことはないのだが、舞台がモンゴルに移ってからは、(タケシが日本語しか話せないというのもあるが)意図的に台詞のやり取りを減らし、台詞があったとしても、状況説明や感情の吐露のために用いることが一切ないことに気が付くと思う。そう、そこにこそ本作最大の魅力(挑戦)が宿っているのだ。
©TURQUOISE SKY FILM PARTNERS / IFI PRODUCTION / KTRFILMS
かつてサイレント映画がそうであったように、目にするものの想像力を刺激するだけの明確な何かが伴っていたのなら、たとえ台詞がなくとも人の心は動かせる。本作においてのそれは、序盤において示された目的であり、俳優陣の即興的な演技がもたらすリアルな空気感であり、スクリーンに映し出されるモンゴルの広大な自然である。
それらが台詞に匹敵するだけのものを生み出し、何の違和感も抱くことなく作品世界へと没入させてくれる。また、戦争描写や言語の壁を描いていたことが更に大きな意味を生み出している。人と人が分かり合うこと、本来容易いはずのその行為を歪めてしまっている現実を、逆境に立たされていくタケシの心の変化を通して描いているのだ。
この相互理解や世界平和の領域にまで足を踏み入れている点が、本作の素晴らしいところ。本来あるべき人の営みに立ち返り、自然がもたらす恩恵を、人に宿りし善意を、言葉を介さずとも分かり合うことのできる人間の可能性を信じさせてくれる一本と言えるだろう。
『ターコイズの空の下で』
2021年2月26日(金)より、新宿ピカデリーほか全国順次ロードショー
© TURQUOISE SKY FILM PARTNERS / IFI PRODUCTION / KTRFILMS
公式サイト:undertheturquoisesky.com
監督・脚本・プロデューサー:KENTARO
出演:柳楽優弥、アムラ・バルジンヤム / 麿赤兒 / ツェツゲ・ビャンバ、サラントゥーヤ・サンブ、サヘル・ローズ、諏訪太朗、西山潤、佐藤乃莉、ガンゾリグ・ツェツゲ、ウンダルマ・トゥヴシントゥシグ
配給宣伝:マジックアワー、マグネタイズ
日本・モンゴル・フランス合作/日本語・モンゴル語/DCP/5.1ch/シネマスコープ/カラー/95分
『DAU.ナターシャ』2/27公開
©PHENOMEN FILMS
第70回ベルリン国際映画祭において、芸術貢献賞にあたる銀熊賞を受賞したロシアの奇才イリア・フルジャノフスキーとエカテリーナ・エルテリの共同監督作。現代において忘れられつつあるソヴィエト連邦、ソ連全体主義の社会、人類が克服していかなければならない様々な問題を描いた本作。タイトルの由来でもある、ノーベル物理学賞受賞の物理学者レフ・ランダウが務めていた秘密研究所内のカフェで働くナターシャを主人公に、1950年代におけるリアルな人間模様を、歪な圧政を、人間のたくましさを映し出す。
『ターコイズの空の下で』同様、本作においても知っておいて頂きたいことがいくつかある。知るのが先でも後でも構わないのだが、知らずにいるのといないのとでは、作品に対する評価が大いに変わる。制作年数15年、撮影期間40ヶ月、撮影素材700時間、オーディション人数39.2万人、主要キャスト400人、エキストラ1万人、衣装4万着、欧州最大1万2千平米のセットなど、何もかもが映画として規格外。日本映画界では、いや、他のどの国の映画界でも、容易に真似できる企画ではない。
©PHENOMEN FILMS
驚異的且つ狂気的にも思えるこの壮大なプロジェクト「DAU」は、撮影方法に関しても常軌を逸している。忠実に再現された研究所のセット内で、出演俳優たちはそれぞれ細かな経歴や生業が与えられ、当時の衣服や化粧品を身にまとい、セット内で2年に渡る実生活を送ったのだという。
(物語の方向性は予め決められていたとは思うが)脚本もなく、それまで演技経験のなかった素人が主要人物を演じているにも関わらず、忠実に再現されたセット内で生活を送っていく中で自然と生まれ出づる佇まいや言葉、演技は、真実以外のなにものでもなかった。
それはつまり、今を生きる僕たちであろうと、かつての時代と同じ状況や圧政を強いられたのなら、同じ末路を辿りかねないことを暗示していたようでもあり、それとは別に、脚本や演技経験がなくとも、やり方次第でこんなにも色濃く奥深い演技・人間ドラマを創出できるのだという、一種の演出論のようなものを提示されたかのようでもある。
©PHENOMEN FILMS
そして、何より誤解しないで欲しいのは、本作は氷山の一角でしかないということ。制作年数15年の全てがこの1本に凝縮されているわけではなく、分かりやすく言うのなら、本作は「DAU」シリーズのナターシャ編である。
イリア・フルジャノフスキー監督曰く、今後10本の「DAU」作品を作っていく予定であり、既に4本は形になっているものの、作品の性質、撮影方法、暴力的な描写も相まって検閲に引っ掛かり、ロシアでは上映が禁止されているという(撤廃を求めて裁判中)。
要は、10本全ての「DAU」を目にしなければ、その真価を計り切れないということ。とは言え、第一章にあたる本作だけでもその片鱗は十分に感じ取れるはず。むしろ、10本に分散して見なければ、こちらの心がもたないと言っても過言ではない。今後映画史において語り継がれていくであろうこの「DAU」シリーズ、その序章を、是非ご自分の目と心で体感して頂きたい。どうか見逃さないで頂きたい。
『DAU.ナターシャ』
2021年2月27日(土)シアター・イメージフォーラム、アップリンク吉祥寺ほか
©PHENOMEN FILMS
監督・脚本:イリヤ・フルジャノフスキー / エカテリーナ・エルテリ
出演:ナターリヤ・ベレジナヤ / オリガ・シカバルニャ / ウラジーミル・アジッポ
2020年 / ドイツ、ウクライナ、イギリス、ロシア合作 / ロシア語 / 139分 / ビスタ / カラー / 5.1ch /
原題:DAU. Natasha / R-18+
日本語字幕:岩辺いずみ / 字幕監修:松下隆志 / 配給:トランスフォーマー
公式HP:www.transformer.co.jp/m/dau/
Twitter&Instagram:@DAU_movie
気になる作品はありましたでしょうか。あなたにとっての大切な一本に、劇場へ足を運ぶための一本に、より映画が大好きになる一本に巡り会えることを祈っています。それでは、ミニシアターでお会いしましょう。
©TURQUOISE SKY FILM PARTNERS / IFI PRODUCTION / KTRFILMS©PHENOMEN FILMS
WOWOW、sweetでの連載のほか、各種メディアで映画を紹介。『GO』『ファイト・クラブ』『男はつらいよ』がバイブル。