成田凌が「脚本の想像を遥かに超えた」と語る、片山慎三監督の現場 『雨の中の慾情』インタビュー

DOKUSOマガジン編集部

 主演に成田凌を迎えた片山慎三監督の最新作『雨の中の慾情』。漫画家・つげ義春が1981年に発表した作品を実写化した本作は、売れない漫画家の青年が数奇な運命をたどる、新感覚のラブストーリーだ。主人公の漫画家・義男を演じた成田は「この作品のすべてのピースが魅力的」だと語る。そんな彼に本作の裏側について話を聞いた。

ごいものが生まれる予感がありました

『雨の中の慾情』©2024 「雨の中の慾情」製作委員会

──片山慎三監督の作品に参加するのはこれがはじめてですよね。オファーが来たときの心境から教えてください?

「とある作品の出演依頼が来ていると、マネージャーさんから事務所に呼び出されたんです。その声色からこれは何か気合いの入った企画のお話なのだろうと思いました。そこで耳にしたのが、つげ義春さんの『雨の中の慾情』を片山監督が新作として映画化するということ。しかも撮影は台湾。この作品のすべてのピースが僕にとって魅力的でした。もちろん映画はすべて、作品に関わる誰もが真剣です。でも僕はこれまでの片山さんの作品を観て、彼の立ち上げる独自の世界に強い思い入れがあったんです。お話を聞いた時点ですごいものが生まれる予感がありました。なので参加を迷うことはなく、ただただ気分が高揚していたのを覚えています」

──具体的にどのような印象を片山監督の作品に抱いていたのでしょうか?

「いつか絶対に一緒に仕事をしたい、しなければならないという監督が、俳優は誰しもいると思います。僕にとってはそれが片山監督だったわけです。一つひとつの作品を観て、生半可な気持ちでは挑むことができないだろうという印象を抱いていました。もちろん、真剣な気持ちで撮影に臨むのはどの作品の現場も同じです。ただ、片山さんの作品は、俳優が身を投げ出さないと成立しないのではないかと思っていました。ある意味、“何でもします!”みたいな。僕は身を投げ出さなければならない環境を欲していたんです。でもやっぱり脚本を読んでみたら、これは大変そうだなと思いましたよ(笑)」

──本作は世界観が強烈なまでに独創的で、映画の設計図である脚本がどのようなものなのか想像できません。脚本を読んでみていかがでしたか?

「いやこれが、イメージに反してけっこう普通なんです。脚本は思いのほかシンプルなんですよ。ただ、とにかく現場で変わっていきます。たった一行のト書きが、とんでもなく膨らんだりするんです。たとえば、“義男が走る”という短いト書きがあったとすると、そのシーンの撮影が朝から晩まで続いたり(笑)。朝から走って、昼に着替えてまた走って。そして夜にまた着替えて走って……みたいな。大変ですが、とても楽しかったですね。それに、『さがす』(2022年)などでも片山監督とタッグを組まれているカメラマンの池田直矢さんが、撮影時にいろんな工夫をされるんです。たくさんの種類のフィルターが出てきましたし、僕自身がカメラを持って走ったりもしました。たった一行のト書きが、こんなにも膨らみ、こんなにも面白いものになっていくのかと。脚本を読んで想像していたものを、実際の現場は遥かに超えてきました」

──主人公である漫画家・義男にはどのような印象を抱きましたか?

「彼は不器用で、優しい男ですよね。僕は義男を演じるにあたって、とにかく優しい存在であろうと考えていました。本当に優しい人間の性格がたまにでも出れば、あとはどのように動いてもキャラクターとして成立すると思ったんです。シーンを重ねるうち、映画の中の時間が進むうちに義男の持つ優しさが観客に伝われば、彼が何をしても不思議ではないと感じてもらえるのではないかと。なので、僕の彼に対する印象は、最初から最後まで優しい男だということでした」

──そんな義男というキャラクターを、具体的にどのように立ち上げていったのでしょうか?

「彼は独特な世界観の中で生きていますが、演じるのはどうしたって僕なんですよね。いくらロケ地が台湾の特異な景観の中だとしても、そこに立つのは僕自身なわけです。なのでこれはどの作品でどんな役を演じるときもそうですが、とにかく現場に飛び込んでしまおうと。それに本作の撮影はわりと順撮りに近いものでした。だから撮影初日の義男の言動が、いかに彼の日常的なものであるのかを示さなければなりません。対面する相手を前に、果たして義男ならどんな態度を取るのか。彼のキャラクターというものを掴もうと、初日は手探りでしたね。それに彼は特別に変わった人間ではありません。『雨の中の慾情』の世界観の中で生きる、どちらかといえば平凡な男です。対面する相手ごとにキャラクターが変化していっても全然いいのかなと思いましたし、むしろ相手に合わせて柔軟に変化していくほうが彼らしいのかなと。その場その場で自然と生まれる感情というものがあるはずですから」

湾ロケでの撮影

『雨の中の慾情』©2024 「雨の中の慾情」製作委員会

──ここまでお話を聞いてきて、成田さんは“現場主義”の俳優なのだという印象を持ちました。日本とは環境の異なる台湾ロケでの撮影は、演技に影響しましたか?

「かなり影響しましたね。滞在しているところから一歩でも外へ出れば、当然ながら扱われている言語が違いますし、空気も香りもすべてが日本とは違う。日本での生活に慣れている僕にとって、あらゆるものが特別です。この五感で感じるものが、義男を演じるうえでは大きく影響してきました。彼が肌で感じている空気は、もしかするとこれなのかもしれない。そういった気づきは、すべてプラスにはたらきますね。とはいえ慣れない環境であることはたしかですし、正直なところかなり大変でした。でもキツければキツいほど、座組の一体感が生まれたりもするんですよね」

──座組のみなさんとは積極的にコミュニケーションを取っていたのですか?

「そうですね。異郷の地でキャストやスタッフの方々と一緒に日々を重ねられたのはよかったです。映画を撮る時間の過ごし方として、つねに対話ができる環境というのは大切ですよね。滞在場所になっているホテルの一階のスペースが、まるごとこの座組のための共有空間になっていたので、そこへ行けばすべての部署の方がいるんです。ここでスピーディかつ柔軟にコミュニケーションを取ることができる。この映画にはこういった環境が間違いなく必要でした。俳優部のひとりとして、チームが一丸となって動いている感覚をつねに持ち続けることができましたから。そんな環境の中でストレスなくしっかりとスイッチをオフにできたともいえるし、ずっとオンのままだったともいえます。シームレスに義男として撮影に入っていくことのできる日々でした」

──先ほど“義男が走る”という短いト書きのお話が出ましたが、一連のシーンは非常に印象に残るものになっていますよね。義男の持つ感情とこの映画の持つ力が、イコールで結びついて画面を超えて伝わってきました。

「すごく面白いシーンの連続ですよね。片山監督からは、“腕を振らないで”という演出があったのですが、僕自身のイメージも同じでした。義男は腕を曲げずに伸ばしたまま、なおかつ振らない。それを繰り返した結果として、独特の切迫感が生まれました。義男の身体から生まれるアクションをとおして、観客のみなさんは彼の脳内を走り回ることになるようでもあるし、あの一連のシーンがあることでより『雨の中の慾情』という迷路に迷い込むことにもなるのではないかと思います」

『雨の中の慾情』
監督・脚本 / 片山慎三
出演 / 成田凌、中村映里子、森田剛、足立智充、中西柚貴、松浦祐也、梁秩誠、李沐薰、伊島空、李杏、竹中直人
公開 / 2024年11月29日(金)TOHOシネマズ日比谷ほか
©2024 「雨の中の慾情」製作委員会

貧しい北町に住む売れない漫画家・義男(成田凌)。アパート経営の他に怪しい商売をしているらしい大家の尾弥次(竹中直人)から自称小説家の伊守(森田剛)とともに引っ越しの手伝いに駆り出され、離婚したばかりの福子(中村映里子)と出会う。艶めかしい魅力をたたえた福子に心奪われた義男だが、どうやら福子にはすでに付き合っている人がいるらしい。伊守は自作の小説を掲載するため、怪しげな出版社員とともに富める南町で流行っているPR誌を真似て北町のPR誌を企画する。その広告営業を手伝わされる義男。ほどなく、福子と伊守が義男の家に転がり込んできて、義男は福子への潰えぬ想いを抱えたまま、三人の奇妙な共同生活が始まる……。

成田凌
なりたりょう|俳優
1993年11月22日生まれ、埼玉県出身。2018年に映画『スマホを落としただけなのに』と『ビブリア古書堂の事件手帖』で、第42回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。第93回キネマ旬報ベスト・テンをはじめとする数々の助演男優賞を受賞。その他の主な出演作に『愛がなんだ』、『チワワちゃん』、『さよならくちびる』、『人間失格 太宰治と3人の女たち』『翔んで埼玉』、『カツベン!』、『窮鼠はチーズの夢を見る』、『まともじゃないのは君も一緒』など。主演映画『雨の中の慾情』が11月29日より、『スマホを落としただけなのに 〜最終章〜 ファイナル ハッキング ゲーム』が公開中。

撮影 / 西村満 取材・文 / 折田侑駿 スタイリスト/ 伊藤省吾(sitor)  ヘアメイク/ 宮本愛(yosine.)

今回の記事を含む、ミニシアター限定配布のフリーマガジン「DOKUSOマガジン」11月号についてはこちら。
DOKUSOマガジン11月号(vol.34)、11月15日発行!表紙・巻頭は成田凌、センターインタビューは前原滉!

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