またいつか乾杯を──『ココでのはなし』

折田侑駿

 ここまで続いてきた「折田侑駿の映画とお酒の愉快なカンケイ」もこれで終わり。とても寂しい。とてもとても寂しい。けれども、出会いがあれば別れもある。というか、「別れ」があるからこそ「出会い」があるのだ。すべての「出会い」の前提には「別れ」がある。だからこの連載がはじまった時点で、いつか終わることを私は理解していた。しかし、その終わりの時がいつやってくるのかまでは分からない。満足のいくように時間を重ねていくしかないのだ(乾杯……)。

 私は「別れ」があるからこそ、誰かとの「出会い」を大切にする。そういった一期一会の関係は、数え切れないほどある。もちろん、そのうちのほとんどが酒のある場でのこと。居酒屋での出会いと別れもいいのだが、やはり旅先で生まれる一期一会の関係も尊い(私は酒場に行くことをよく「旅」に例えるのだが、ここでいう旅とは見知らぬ土地に赴くあの旅のことである)。私にはいくつもの忘れられない出会いがある。旅先で誰かと酒を酌み交わしたあの時間は、いまもこの身体に息づいている。みんな、いまどこでどうしているだろうか。

 こささりょうま監督の長編デビュー作『ココでのはなし』は、とあるゲストハウスで出会った人々の交流を描いたヒューマンドラマだ。物語の舞台は東京オリンピック開催直後の東京。にぎやかな都市の片隅に佇むゲストハウス「ココ」には、さまざまな事情を抱えた者たちがやってくる。彼ら彼女らを迎えるのは、住み込みで「ココ」で働いている詩子(山本奈衣瑠)や、いろんな“生活の知恵”を動画で配信している泉さん(吉行和子)たちだ。「ココ」に流れる穏やかで優しい時間が、人々の心に温もりをもたらすことになるのである。

 私はゲストハウスが好きだ。風情のある旅館やサービスの行き届いたホテルもいいが、定期的にゲストハウスに宿泊したくなる。おそらくそれは私自身の心に余裕があるときで、なおかつ他者との交流を心のどこかで望んでいるのだと思う。そう、旅館やホテルのように個人のプライバシーがしっかり守られているのと違い、ゲストハウスは滞在者の人生が交差する場所なのだ。他者との交流を求め、あえてそういった場にお世話になる。私は酒を片手に、多くの旅人たちと交流を重ねてきた。

 どことは書かないでおくが、年に一度のペースでお世話になっているとあるゲストハウスでは、「家出をしてきた」と語る10代の女性らと花火をした素晴らしい思い出がある。もちろん、こういったときはシラフだ。何か特別な話をしたわけでもないのだが、浜辺で火が弾ける様子を一緒に眺めたのはいい時間だった。その後に友人とふたりで地元民に愛されている酒場まで散歩し、私は珍しくジョッキで生ビールを飲んだ。苦味とともに爽快感が喉の奥へと一気に押し寄せて、たまらなかった。これは2023年の話なのだが、今年は深夜にリビングで号泣している女性がいて、その場に居合わせた人々が親身になって彼女の話に耳を傾けている様子を目にした。花火も一緒にしたオーナーの人柄が、日常ではあまり見かけないこのような場をつくりだしているのだろう。

 日々に疲れてしまったら、休むべきだ。逃避できる場所があるというのは、生きていくうえで大切である。「ココ」で日々を過ごす泉さんは、「休憩が大事」なのだと静かに語る。そうなのだ、休憩は大事にしなければならない。そして可能であれば、そこに他者との交流の時間があるといい。私にとってはこの場(=連載)が、そういうものだった。見知らぬ誰かのことを想像し、酒を片手に言葉を紡いできたのだ。しかしここで一度、みなさんとはお別れ。またお会いしましょう。すぐに再会できるでしょう。そのときは乾杯しましょう。

『ココでのはなし』
監督 / こささりょうま
脚本 / 敦賀零、こささりょうま
出演 / 山本奈衣瑠、結城貴史、三河悠冴、生越千晴、宮原尚之、中山雄斗、伊島空、小松勇司、笹丘明里、三戶大久、モト冬樹、吉行和子
公開 / シネスイッチ銀座、新宿シネマカリテほかにて公開中
©2023 BPPS Inc.

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折田侑駿 文筆家

“名画のあとには、うまい酒を”がモットー。好きな監督は増村保造、好きなビールの銘柄はサッポロ(とくに赤星)。

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