私たちにとってのバカンスとは何か?──『SUPER HAPPY FOREVER』

折田侑駿

 私たちの誰もが「バカンス」というものを知っているだろう。しかしその実、日本には「バカンス」というカルチャーがない。にも関わらず、誰もが知っている。海外の映画や文学などに触れ、そこで束の間のバカンスを体験したことがあるからだ。働き詰めの日本人だと、「BANG! BANG! バカンス!」な時間を過ごしているうちに罪悪感や焦燥感に苛まれてしまうかもしれない。「二時間だけのバカンス」くらいがちょうどいいのかもしれない。ちなみに私はハンシャ(=半分だけ社会人)なので、年がら年中バカンスに出かける。向かうのはもちろん、酒のある盛り場である。

 しかしときにはホンモノのバカンスを堪能したい。難しいことは考えず、ただそこに流れる時間に身を任せる。やがてその場を去ったとしても、そこで過ごした時間はこの胸の中で永遠のものとなる──そんなバカンスを。五十嵐耕平監督が手がけた『SUPER HAPPY FOREVER』は、そんな時間がたしかに刻まれた映画である。

 物語の舞台は、伊豆のとあるリゾートホテル。2023年8月19日──幼馴染みの佐野(佐野弘樹)と宮田(宮田佳典)は、海辺のこの一帯をあちこち歩き回っている。彼らが海の青に惹かれる様子はない。真夏の潮風のベタつきも気にするふうはなく、かつて失くしてしまった赤い帽子をふたりは探しているのだ。ここは5年前に佐野が、亡くなったばかりの妻・凪(山本奈衣瑠)と出会い恋に落ちた場所なのである。切ない物語ではあるが、鑑賞後にも彼ら彼女らと過ごした幸福な時間は続く。

 「バカンス」を端的に訳すと“長期休暇”といったところだが、日本で働く大人たちにはもう、子どもの頃のような「夏休み」はない。だから「バカンス」と「夏休み」をイコールで結ぶ人はあまりいないだろう。そもそも私たちにとってバカンスとはかなり抽象的なもので、その言葉が示す意味は一人ひとり異なると思う。私にとっては酒場で過ごす時間を指すように。

 しかしここでもう少しだけマジメに言葉を選んでみると、「バカンス」とは、他者と過ごす思いがけぬ時間のことなのではないかと思う。それもまるで運命を感じてしまうような。そしてもちろん、出会いがあるのだから、その先には別れがある。「侘び寂び」という美的感覚を潜在的に持つ私たちにとって、この刹那的な時間こそ「バカンス」だといえるのではないだろうか。私はこのような時間を求めて、夜な夜な、あるいは昼間から酒場へと向かうのである。

 私がバカンスの最中に出会った人々の大半は、その名前はもちろんのこと、顔を思い出すことすら難しかったりする。彼ら彼女らと同じ時間を過ごしていた私は、いずれ訪れる別れのことなど考えてはいなかった。ただただ、そこに流れる時間に身を任せていただけ。しかしながら心のどこかでは、きっと永遠の別れがくることを理解していた。多幸感と、それがいずれ終わるのだという一抹の寂しさ──これが「バカンス」の正体ではないのか。酒場に流れるあの謎の幸福感の正体がそう。ズバリ、これが「バカンス」なのである。

 本作のタイトルを端的に訳すと「永遠に超幸せ」というものだ。「侘び寂び」を潜在的な美意識の軸としてきた日本人にとっては、なかなか理解し難い感覚なのではないかと思う。しかし時代は令和である。どこかで得た幸福感を、いつまでも永遠に持っていたっていいのだ。たとえ孤独感が待っていたとしても。さて、私はそろそろバカンスへと出かける。やがてその場を去ったとしても、そこで過ごした時間がこの胸の中で永遠のものとなる──そんな二時間ほどのバカンスを求めて。できれば海を眺めながらビールを飲みたい。

『SUPER HAPPY FOREVER』
監督 / 五十嵐耕平
脚本:五十嵐耕平 、久保寺晃一
出演 / 佐野弘樹、宮田佳典、山本奈衣瑠、ホアン・ヌ・クイン
公開 / 9月27日(金)より新宿武蔵野館ほか
© 2024 NOBO/MLD Films/Incline/High Endz

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折田侑駿 文筆家

“名画のあとには、うまい酒を”がモットー。好きな監督は増村保造、好きなビールの銘柄はサッポロ(とくに赤星)。

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