菅田将暉が感じた、黒沢清監督の映画表現 『Cloud クラウド』インタビュー

DOKUSOマガジン編集部

 菅田将暉を主演に迎えた黒沢清監督の最新作『Cloud クラウド』。本作は“転売ヤー”として悪事を重ねる主人公と、ネット社会から生まれる憎悪の衝突を描いたサスペンス・スリラーだ。転売屋の吉井良介を演じた菅田は本作の出演に関して、「断る選択肢なんてなかった」のだという。そんな彼に黒沢作品の魅力について語ってもらった。

る選択肢なんて僕にはありませんでした

『Cloud クラウド』 ©2024「Cloud」製作委員会

──黒沢監督とはこれが初タッグですね。本作への参加の流れはどのようなものだったのでしょうか?

「黒沢監督からのオファーです。断る選択肢なんて僕にはありませんでした。しかもいただいた脚本を読んでみると、やっぱりめちゃくちゃ面白い。ですから即決です。ただ正直なところ、黒沢監督の脚本にはある種の分かりにくさがあります。演じるうえで大きな手がかりになったりもする“ト書き”といわれるものの情報が少ないんです。登場人物の動きについては書いてありますが、そこで何が起こっているのかという状況説明にとどまっています。たとえば、誰かが誰かに向けて銃を撃っているとか、誰かが誰かから逃げているのだとか。つまりは余白が多いんです。これらのことも踏まえて楽しみでした」

──その脚本の書かれ方というのは異質なんでしょうか?

「もちろん、脚本の書き方は人によってさまざまです。感情的な表現がたくさん書かれているものもありますしね。黒沢さんの脚本は、答えを出すことを徹底的に避けている印象がありました。実際にご本人もよく“分からない”とおっしゃるんです。登場人物の心情は分からないと。でも本来であればそうですよね。人の気持ちなんて、そうやすやすと説明できるものじゃないはず。どれだけ笑っていたとしても、その人が100パーセントの嬉しさや楽しさで笑っているとはかぎりません。笑顔の裏側で、複合的にいろんな感情が動いているのが人間というものだと思います。黒沢さんが分からないように、演じる僕だって分からないことだらけですから」

──分からないからこそ、感情的な表現が少ないのだと。

「はい。そのような中で黒沢さんは、現場では動きだけつけてくださるんです。“このセリフを口にするときにはこう動いてほしい”とか、“この瞬間はここにいてほしい”とか。つまり、アクションです。ですがこれらは厳密なものではないので、とりあえずやってみる。そんな現場でした」

──本作では菅田さん演じる“転売ヤー”と、彼の命を狙う者たちの攻防が描かれます。この物語に対してどのような印象を抱きましたか?

「面白かったですね。たまらなかった。もちろん、すごく怖いお話ですよ。転売ヤーのやっていることは褒められたものではないし、だからといって、SNS上で人を募って彼を殺そうだなんてどうかしています。でもこれは現実に起こっていることでもある。この物語は、フィクションを描く映画の中だけのものではないんですよね。個人的にとくに面白いと感じたのは、僕が演じる転売ヤーの吉井の命を狙う人々の会話です。一人ひとりがギリギリの日々を過ごしていて、そこから溢れ出す言葉の連続でシーンが成立しています。いわゆる悪役のセリフではなく、それらの発言からは彼らの生きる日常が垣間見えるんですよ」

──吉井良介というキャラクターにはどんな印象を抱きましたか?

「最初のうちは、ある意味どうとでもできる役だと思いました。感情のレイヤーを複雑にして情熱的に演じることもできるし、虚無的なキャラクターをドライに演じることもできる。監督がどんなイメージを持っているのか気になっていましたね。僕の中で吉井のキャラクターの方向性が見えたのが、劇中で彼がはじめて転売を行うシーンの撮影でのことです。商品を出品した吉井は、パソコンから少し離れたところに座り、水を一口だけ飲みます。そしてあとは、パソコンの画面をじっと見つめるだけ。するとちらほら売れはじめて、最終的には完売します。この一連のシーンを撮り終えたときに、方向性が見えたんです」

──とりあえずやってみる、と。

「そうです。ここでようやく吉井のことを掴めた気がします。このシーンで吉井が向き合っているのは、彼にとってもっとも大切なものなんです。仕入れたものが売れるかどうか、ギャンブルのような時間です。そのいっぽうで、彼にとってこれは大マジメに取り組むべき仕事でもある。吉井という人間は大マジメに悪事を働くんです。結果として売れたことによる安心感とは裏腹に、やっぱり罪の意識もある。しかもこれで終わりじゃない。彼の生活は続いていきますからね」

──たしかに、最初の転売シーンで観客も彼のキャラクターを理解します。

「吉井がどんな緊張感の中で生きているのかを体感しましたし、高揚感が湧き上がってきたのも事実です。やっぱり何かに一生懸命になっている姿というのは、その人間のキャラクターがもっとも端的に表れるのでしょうね。実際に演じてみて立ち上がっていった吉井像は、イメージしていたものとは違いました。でも黒沢さんからの特別な要望もなかったので、この方向性なのだなと」

──キャラクターについて監督と事前に擦り合わせることなく、撮影の中で見つけていくんですね。

「でも黒沢さんは動きをつけてくださる中で、何かサインのようなものを出していた気がします。パソコンを離れたところから見つめるのは、黒沢さんからの指示です。何気ないことではありますが、このときの吉井の姿勢から彼のキャラクターが見えると思います。たとえば、パソコンにかじりつく貪欲なスタイルだってあり得たわけだし、天才プログラマー的な仕草を取り入れることもできたはず。でも吉井は、ちょっと離れたところに座っている。これが吉井なんだよなと思いますね。大事なものを見つめていたいけど、そこにはちょっとした怖さもあるんです。慎重さと、一生懸命さと、臆病さのようなものをバランスよく持った人物です」

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『Cloud クラウド』
監督・脚本 / 黒沢清
出演 / 菅田将暉、古川琴音、奥平大兼、岡山天音、荒川良々、窪田正孝 ほか
公開 / 2024年9月27日(金)TOHOシネマズ日比谷ほか
©2024「Cloud」製作委員会

世間から忌み嫌われる“転売ヤー”として真面目に働く主人公・吉井(菅田将暉)。彼が知らず知らずのうちにバラまいた憎悪の粒はネット社会の闇を吸って成長し、どす黒い“集団狂気”へとエスカレートしてゆく。誹謗中傷、フェイクニュースーー悪意のスパイラルによって拡がった憎悪は、実体をもった不特定多数の集団へと姿を変え、暴走をはじめる。やがて彼らがはじめた“狩りゲーム”の標的となった吉井の「日常」は、急速に破壊されていく……。

菅田将暉
すだまさき|俳優、歌手
1993年2月21日生まれ、大阪府出身。2013年に『共喰い』で日本アカデミー賞新人俳優賞、2017年に『あゝ、荒野』で同賞最優秀主演男優賞を受賞。その他の主な出演作に『セトウツミ』、『何者』、『溺れるナイフ』、『帝一の國』、『銀魂』シリーズ、『糸』、『花束みたいな恋をした』、『キャラクター』、『キネマの神様』、『百花』、『銀河鉄道の父』、『君たちはどう生きるか』、『ミステリと言う勿れ』、『笑いのカイブツ』などがある。

撮影 / 伊藤惇 取材・文 / 折田侑駿 スタイリスト/ KEITA IZUKA ヘアメイク/ AZUMA(M-rep by MONDO artist-group)

今回の記事を含む、ミニシアター限定配布のフリーマガジン「DOKUSOマガジン」9月号についてはこちら。
DOKUSOマガジン9月号(vol.33)、9月5日発行!表紙・巻頭は菅田将暉、センターインタビューは寛一郎!

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