残された者たちは、どうやって進み続けるかー映画『ラストホール』【根矢涼香のひねくれ徘徊記 第33回】

根矢涼香

 俳優仲間の秋葉美希が、『ラストホール』という1本の長編映画を撮った。この世を去った父親が遺した「食べたいものリスト」を巡る、食べる×ロードムービーである。

 父・陽平(川瀬陽太)の死から背を向けて生きてきたダンサーの暖(秋葉美希)。やがて踊ることを止めてしまった彼女は、故郷からやってきた幼馴染の壮介(田中爽一郎)によって、陽平の残した一枚のメモに記された場所をたどる旅へと連れ出される。その旅の中で2人は陽平の面影に触れ、咀嚼できずにいた想いを飲み込んでいく。

『ラストホール』© PURIE

 台所でタバコをふかす背中。仕事をしに来た東京の街。聞き飽きた話。極力説明を省略しながらも、映画表現という言語をふんだんに散りばめ、理解するよりも先に感じさせてくれる。暖の生きているフィールドの距離と温度を映し出しながら、人間味溢れる登場人物は、何も話さずともその佇まいが、その人の柔らかさとしぶとさを語りだす。変えられない現実を拭い去るように、やり場のない気持ちをかき混ぜるように、暖は踊る。まわりの人の優しさに気づくことが出来るのはいつも遅くて、それがくやしい。

 脚本・主演・監督・編集まで手掛けた彼女のリズムに身を委ねる70分間。第17回田辺・弁慶映画祭でキネマイスター賞を受賞した本作は、9月6日~9月12日にテアトル新宿、9月22日・23日にテアトル梅田での上映が決定している。

『ラストホール』© PURIE

 実際に21歳のときにお父さんを亡くしている美希は、その時に自身が書いていた詩のようなものから枝葉を生やし、この映画の脚本を書き上げたという。若くして親を亡くすという経験は考えただけで胸がつぶれそうになる。消化しきれない想いを、彼女は映画作りを通して反芻した。生きていれば必ずやってくる別れ。その悲しみを乗り越える強さより、抱えながら歩き続けることを許してあげられる、そんな映画を作りたいと思って生み出したと話していた。孤独な痛みを抱えながら、それを微塵も見せないように、かつての彼女は現場に居た。

 私が美希と出会ったのは2017年。本連載の第27回でも紹介した枝優花監督『少女邂逅』の撮影で、主人公のクラスにいる3バカを一緒に演じた(もう一人の近藤笑菜も、自身の監督主演作を準備中だ)。共同生活をして支え合う日々が過ぎれば、それぞれにまた別々の道を歩んでいく。皆会えなくても互いの動向を気にしているし、誰かの作品が動き出す度に、頑張らなければと喝を入れられる。宣材写真を撮らせてもらったこともあった。とある現場で再会したとき彼女はカチンコを打っていた。自分がどうありたいか、不器用に、切実に、確かめる。そんな友人の覚悟の結晶に、スクリーンを通して触れるという事が、緊張しないわけがない。だれも親しい人の一人ぼっちのところを、真正面から見ることはできないのだから。

 「この映画をお願いします」とチラシを配る姿。父のことを話す目の奥。試写を観に来てくれた仲間との抱擁。飲み屋で興味を持ってくれた人がチケットを買ってくれたり、お店にポスターを貼ってもらったり。身に覚えのある自主映画を広げていく過程を、私は今回撮影させてもらっている。下に並ぶ彼女の写真もこれまでにフィルムに焼き付けたものだ。

 美味しいご飯を食べると元気が出るというのは本当のことで、私にとってそれはイコール高級なものかどうかではなくて、余分な力を抜いた自分のゼロに近い状態で心身のエネルギーを充電できるようなものだ。霜降り牛肉より近所の焼き肉店、行列の出来る話題のスイーツより個人店の大福。更には誰と食べたか、どんな想いで噛みしめたか、記憶の層が重なっていくにつれ、ただ顎を動かして腹に入れるという行為から、遠い時間へと旅ができる大切な儀式へと変化を遂げる。ものを頬張りながら、歯ブラシを突っ込みながら、会話が出来るのは、どう思われるとか関係なしに動物の顔を見せられる人。そういう心が帰るご飯のようなひとたちに救われて自分はここにいる。もらった思い出を分けながら、癖を移してゆきながら、人が人に作られていく。残された者たちは、そうして進み続けるしかない。どうか少しでも広く深く、この物語が届くべき人のところへ旅立ってほしい。

根矢涼香
ねやりょうか|俳優、写真家
1994年9月5日生まれ、茨城県出身。9月19日16時より世界独占配信されるNetflixシリーズ『極悪女王』にデビル雅美役で出演。

『ラストホール』
監督・脚本 / 秋葉美希
出演 / 秋葉美希、田中爽一郎、高尾悠希、優美早紀、吉行由実、森羅万象、鈴木卓爾、川瀬陽太
公開 / 「田辺・弁慶映画祭セレクション2024」にて9月6日から9月12日までテアトル新宿、9月22日から9月23日までテアトル梅田
© PURIE

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DOKUSOマガジン9月号(vol.33)、9月5日発行!表紙・巻頭は菅田将暉、センターインタビューは寛一郎!

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根矢涼香 俳優

1994年9月5日、茨城県東茨城郡茨城町という使命とも呪いとも言える田舎町に生まれる。近作に入江悠監督『シュシュシュの娘』、野本梢監督『愛のくだらない』などがある。石を集めている。

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