森山未來×藤竜也「魂を揺さぶられた」 『大いなる不在』に刻まれる言葉にできないもの

DOKUSOマガジン編集部

 森山未來と藤竜也が親子役で初めて共演した『大いなる不在』。長編デビュー作『コンプリシティ/優しい共犯』が国内外で好評を博した近浦啓監督による本作は、認知症の父とその息子の複雑な関係を軸にしたヒューマン・サスペンスだ。それぞれの世代を代表する俳優である森山と藤に、この作品をとおして得たものなどについて語ってもらった。

演に際しての心境

森山「オファーをいただいてから近浦さんの過去作を拝見し、実際にお会いして彼の想いをお聞きしました。印象的だったのは、インディペンデント映画というのはクリエイティビティを大切にしながらも、ビジネスとしても成立するものであるべきだという彼の考え。これを実現させられるものこそが真のインディペンデント映画なのだと。この考え方に非常に惹かれました。僕が演じた卓は、重度の認知症を抱える陽二の息子です。ふたりは長いこと疎遠だったので、再会はするものの、陽二の発言のどこまでが真実なのか分からない。このあたりにはサスペンスの要素があり、時系列など脚本の構造も複雑です。近浦さんと対話を重ねていく中で理解を深めていきました」

藤「私はこれが近浦さんとの3本目の作品ですから、また声をかけてもらって嬉しかったですね。しかも彼の実体験から着想を得て書き下ろされたというので、それはやっぱり入れ込み方が違ってきますよ。私が演じた陽二は認知症が進み、老いに向かっている人物です。かくいう私もそのようなひとりで、日常的に老いというものに向き合っている。だからなのか、陽二のキャラクターに関しては非常に掴みやすかった。しかも撮影には、実際に近浦さんのお父上が暮らしていた家を使わせていただいたんです。そこには彼が読んでいたのであろう書物なんかも残っていたりして、演じる人間としては大変なインスピレーションをいただきました」

を演じ、見えてきたもの

森山「物語の設定や登場人物同士の関係は複雑ですが、卓は淡々としたキャラクターです。なので、どうにも捉えづらい。近浦さんとのディスカッションを経ていくうちに、彼が実際に体験したことが色濃く反映されているのが分かってきました。なのでそこからは近浦啓という人間を個人的にリサーチしていったという感じです。彼に縁のあるロケ地での撮影はもちろんのこと、劇中で重要な役割を果たす小道具の“日記帳”は演じるうえでの大きな手がかりとなりました。美術としての手の込みように慄きましたね。それから認知症について学ぶうち、認知症患者の方がつくり出す虚構の世界に対し、まるで俳優のように受容し寄り添うことが大切なのだという考え方に出会いました。僕も卓も俳優業を営む者であり、だからこそ腑に落ちるところがありました」

藤「この物語がどれくらい実話に即したものなのか、監督には尋ねていません。私はただ陽二として現場に立つだけですよ。でも先ほどお話ししたように、撮影している場所が場所なものですから、そこにいるだけで何か降りてくるものを感じるんですよね。なのでこの作品の世界観に入っていくのはスムーズでした。やがて私が陽二を演じていて見えてきたものはね、それはもう人間ですよね。私自身の姿なのかもしれない。世の中にはいろんなタイプの映画があって、各作品ごとに見せ場があったりしますよね。それは脚本を読んでいる時点である程度イメージできます。でもこの作品の場合はそれが浮かばなかった。だけれども、仕上がったものを観て魂を揺さぶられたんです。不思議な体験ですよ」

浦監督とのそれぞれの関わり方

藤「私が監督と話すことは一切ありませんよ。近浦さんにかぎらず、これまで参加したどの作品のどの監督ともそうです。とくに今回に関してはさっきお話ししたように、陽二というキャラクターを自然と掴めてしまったものですから。ただ、なかなかうまく掴めないときには、自分でキャラクターをプロファイリングします。たとえば、どこの町で生まれてどの学校に通い、いつ結婚して、どのような日常を送っているのか……というふうに、演じる役の細部まで監督に提示する。それで頷いてもらえれば、もう話すことは何もないんです。あとはその役を生きるだけ。私の俳優としての仕事のやり方はこれですね」

森山「僕の場合、ご一緒する監督との対話が基本的に欠かせません。阪本順治監督の作品に参加したときに、彼も対話を心がけているとおっしゃっていました。ただしそれは、クランクインするまで。撮影は座組全体がひとつの大きなグルーヴで進んでいくのが重要なので、気になることはそれまでにすべて口にしていこうと。この考えには共感しています。なので今回は卓のことを知るため、とにかく対話を重ねたんです。僕がキャラクターを掴めはじめたら、こちらから提案できることもありますからね。こうした過程を経ることで、一緒につくっている感覚を得られました」

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『大いなる不在』
監督 / 近浦啓
脚本 / 近浦啓、熊野桂太
出演 / 森山未來、藤竜也、真木よう子、原日出子、三浦誠己、神野三鈴、利重剛、塚原大助、市原佐都子
公開 / 2024年7月12日(金)テアトル新宿、TOHOシネマズシャンテほか
©2023 CREATPS

卓(森山未來)は、小さい頃に自分と母を捨てた父(藤竜也)が警察に捕まったという連絡を受ける。妻(真木よう子)と共に久々に九州の父の元を訪ねると、父は認知症で別人のようであり、父が再婚した義理の母(原日出子)は行方不明になっていた。卓は、父と義母の生活を調べ始めるが……。

森山未來
もりやまみらい|俳優、ダンサー
1984年8月20日生まれ、兵庫県出身。5歳から様々なジャンルのダンスを学び、15歳で本格的に舞台デビュー。2013年には文化庁文化交流使として、イスラエルに1年間滞在、Inbal Pinto&Avshalom Pollak Dance Companyを拠点にヨーロッパ諸国にて活動。主な映画出演作に『モテキ』、『苦役列車』、『怒り』、『アンダードッグ』、『犬王』、『シン・仮面ライダー』など。

藤竜也
ふじたつや|俳優
1941年8月27日、父の任地中国北京で生まれ、横浜で育つ。日本大学芸術学部在学中にスカウトされて、日活に入社。『望郷の海』でスクリーンデビューを果たす。『愛のコリーダ』で報知映画賞最優秀主演男優賞を受賞、『村の写真集』で上海国際映画祭最優秀主演男優賞を受賞、『龍三と七人の子分たち』で東スポ映画大賞主演男優賞受賞。ほか『愛の亡霊』、『アカルイミライ』、『台風家族』など100本以上の映画に出演。

撮影 / 西村満 取材・文 / 折田侑駿 スタイリスト/ 杉山まゆみ ヘアメイク/ 河西幸司(アッパークラスト)

今回の記事を含む、ミニシアター限定配布のフリーマガジン「DOKUSOマガジン」7月号についてはこちら。
DOKUSOマガジン7月号(vol.32)、7月5日発行!表紙・巻頭は森山未來×藤竜也!

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