『リンダ リンダ リンダ』生まれ世代と山下敦弘監督が描く、高校生の夏の日ー映画『水深ゼロメートルから』【根矢涼香のひねくれ徘徊記 第31回】

根矢涼香

 水の入っていないプールを眺めていると、不思議な気持ちになる。それが夏ならなおさらだ。本来ここぞとばかりに存在感を示し、活気が溢れる場所であるはずのその場所には、ただ一面に砂が多い尽くしている。まるで置き去りにされた青春の風景みたいに時が止まって見える。青い舞台に現れる、制服姿と伸びる影。永遠のような夏の日のモラトリアムを、揺れる木々と動かぬ校舎が静かに見守っている。

 5月3日より新宿シネマカリテほかにて山下敦弘監督映画『水深ゼロメートルから』が公開されている。夏休みを迎えた高校2年生のココロ(濵尾咲綺)とミク(仲吉玲亜)は、体育教師の山本(さとうほなみ)から特別補習としてプール掃除を指示されていた。目の前の野球部のグラウンドから飛んできた砂が、プールの底に積もっている。同級生である水泳部のチヅル(清田みくり)が掃除に合流する。グラウンドからは、野球部マネージャーのリンカ(三浦理奈)の声が響き渡る。さらに水泳部を引退した3年生のユイ(花岡すみれ)も掃除に加わる。なんてことのない会話からぽつりぽつりと、それぞれの持つ悩みがこぼれはじめる。

 『アルプススタンドのはしの方』に続く、高校演劇 リブートプロジェクト第2弾。第44回四国地区高等学校演劇研究大会にて文部科学大臣賞(最優秀賞)を受賞した、徳島市立高等学校の舞台を映画化した青春群像劇だ。脚本は、原作者であり、執筆当時は高校演劇部に所属していた中田夢花さんが担当している。

 しぶしぶ箒を手に取りながら、女として生まれた自分たちについての話にたどり着く素朴な疑問、違和感。自分にとって譲れないものについて。性別なんて関係ないと叫ぼうとしてもどうしても立ちふさがる壁について。生理だってある。あらゆるもどかしさが、リアルに会話の中で広げられていく。女子高生4人組を描いた作品と言えば、私の世代的では真っ先に、山下監督の『リンダ リンダ リンダ』(2005)が思い浮かぶ。今回高校生を演じる女優陣の生まれ年の平均はまさにその作品が製作されていた頃だというので、「この子たちはあの映画と同い年なのか……」と感慨深そうにしていた監督の横顔が記憶に刻まれている。

 今回、ご縁あって本作のスチールを担当させていただいた。私は普段、俳優業とバランスをとりながら、写真やイラストなどの仕事もお受けしている。顔見知りのスタッフが多かったので肩の力も抜きやすく、俳優として現場に携わるときとは全く違う目線で作品に向き合うことができる。カメラを通して役の感情や人の魅力に触れ、最前線で映画の息吹に立ち会える喜びと、俳優として参加する時には見えない裏側の苦労や他部署のカッコいい背中を堂々と見られることも嬉しい。

 永遠の文化部の私にとって、チヅルやユイの向き合うものには一方的な憧れのようなものもある。禁止と言われながらいつも堂々と化粧ポーチを持ち歩いているココロのハートの強さには畏敬の念さえ生まれてくる。このくらい強いJKになりたかった。学校という社会の中で先生の存在は、彼女たちにとって大人代表にもなる。先生という役職を背負った一人の人間であることは今だからよく理解できるけれど、理不尽な指導への憤りには誰もが覚えがあるのではないか。かといってそれを直接ぶつけられるわけがない私は、髪型を少し上の位置で縛って反抗するか、放課後のつけ麺×スタバというカロリー摂取で紛らわすことで精いっぱいだった。情けない。

 映画も舞台もフィクションだけれど、当時高校生だった中田さんの脚本は、その頃の日記の欠片でもあるだろう。演じているキャストも制服を着ていた時期から離れていない。彼女たちの眼差し、自然体、等身大の言葉の中には、まぎれもない真実の光が宿っている。それを捕まえようと、あえてフィルムで写真に収めてみたのだった。

 それぞれの葛藤や勝負、ポリシーに決着をつけるには、高校生活の3年(受験期を除けば2年と少し)という時間はあまりにも短すぎる。この映画が公開される5月、現実の高校生たちは入学式やクラス替えをしてから少し時間が経ち、漠然と落ち着かない気持ち、新たに何かを始めたい気持ち、人に聞かれたくないけど叫びたい胸の内をそれぞれ抱えているかもしれない。そして本当は、それらを共有できる場所をどこかで探しているのではないだろうか。少しでも、そのもやもやがこの映画に出会うことで、解されることを願う。

『水深ゼロメートルから』
監督 / 山下敦弘
出演 / 濵尾咲綺、仲吉玲亜、清田みくり、花岡すみれ、三浦理奈、さとうほなみ
公開 / 新宿シネマカリテほかにて公開中
©『水深ゼロメートルから』製作委員会

根矢涼香
ねやりょうか|俳優
1994年9月5日生まれ、茨城県出身。今回スチールで撮影したフィルム写真が、「カメラのキタムラ 中野サンモール店」にて5月1日(水)から5月26日(日)、「ギャラリー世田谷233」にて6月8日(土)から6月16日(日)に展示予定だ。

今回の記事を含む、ミニシアター限定配布のフリーマガジン「DOKUSOマガジン」5月号についてはこちら。
DOKUSOマガジン5月号(vol.31)、5月5日発行!表紙・巻頭は福士蒼汰、センターインタビューは藤原季節×義山真司×林知亜季監督!

お近くに配布劇場が無いという方、バックナンバー購入ご希望の方は「DOKUSOマガジン定期購読のご案内」をご覧ください。

根矢涼香 俳優

1994年9月5日、茨城県東茨城郡茨城町という使命とも呪いとも言える田舎町に生まれる。近作に入江悠監督『シュシュシュの娘』、野本梢監督『愛のくだらない』などがある。石を集めている。

この連載の人気記事 すべて見る
今読まれてます RANKING