木村知貴×外山文治─この男を抜きにして映画の明日を語ることなどできない

外山文治

 「僕が新年号のゲストでいいんですか?」――そう言って彼は苦笑したが、この男を抜きにして映画の明日を語ることなどできないだろう。映画界のキム兄こと木村知貴、45歳。出演作は途切れることなく、しかし誰のお抱え俳優でもない、数多くの監督が彼の出演を願ってオファーを出し続ける。対談時も都内では四作品が上映中という驚異的な数字だ。彼の顔は知っていても何者なのか知る機会はまだ多くない今だからこそ、私は新年号の対談相手に彼を指名させてもらった。それは私が今年も面白いことに出会って行きたいという意思表示でもあった。

 「学生の頃はわりと名の知れたアルペンスキーの選手でした。でもオリンピックに行くほどでもなくて、挫折して、そこからシンガーソングライターになろうとしたんですよ。でも歌詞が書けなかった。ボブ・ディランみたいに訴えたいことがなくて(笑)。それでフラフラしていた時に自主映画に出ないかと声が掛かった。それが出発点ですかねえ」

 私とほぼ同世代、青春時代は安定のふた文字が遠すぎた就職氷河期だ。私も日雇いで食い繋ぎ根無草のように暮らしていた。キム兄もまた明日が見えない中、28歳で上京した。劇団東京乾電池の研究生にも落ちて行く宛を失くしていた頃、とあるWSで今泉力哉、中野量太、天野千尋、平波亘など現在の映画界を牽引する監督達と知り合いになり、次第に出演作が増えていくことになった。

 「思えばダメ男の役ばかり求められてましたね。でも自分自身は几帳面だしそんなにダメだったり乱暴な奴でもないですよ。時々、本当に怖い人だと思っていたと言われますけど」

 人間のどうしようもない部分を託されるのは彼の纏う空気に古き良き映画俳優特有の香りがするからだろうか。決してセルフプロデュースも営業活動も上手いタイプではないはずだが、その愚直さと芝居への情熱が最大の武器となり現場に欠かせないスパイスになっていく。

 「現場はやっぱり楽しいです。大の大人達が真剣な顔して命懸けで取り組んでいる。職人も多い。僕は俳優部の職人になりたい」

 これまでは脇役が多く映画を陰で支えるイメージも強かったが、主演作『はこぶね』のようにチーム全体の舵を取る機会も増えてきた。どんな役も分け隔てなく向き合うとキム兄は言うが、主演作品に関しては矢面に立たなければいけない責任を感じるという。後輩も増え、取り組みも芝居も後ろ指さされないようにしたいと思っている。若手俳優に掛ける言葉を問うと「難しいですよね。辞めた方がいいと思うこともあるし楽しさを知ると辞められないし。その人次第でいいと思います」と柔らかく微笑んだ。

 普段のキム兄の暮らしは酒を飲んでいるか映画や芝居を見にいくだけだという。趣味もなく年々老いを感じる。今後やってみたい役は「お爺ちゃん役」なのだそうだ。小津映画における笠智衆に憧れ、いつかは自分も頑固ジジイを演じてみたい。ジジイになるまでは修行、笠智衆になるまでは修行ですよと笑顔を見せてくれたが、それはつまり役者業に一生涯身を捧げると宣言していることに他ならず、飄々とした口調の裏に映画と共に生きていくのだという矜持を感じた。

 では最後に新年の抱負を教えてください――。そう問うと彼は逡巡したのち照れ臭そうにそっとつぶやいた。それは木村知貴の人柄や魅力がすべて詰まった素敵な言葉だった。

 「もうちょっと芝居が上手くなりたいですね」

外山文治
そとやまぶんじ|映画監督
1980年9月25日、福岡県生まれ宮崎県育ち。長編映画監督デビュー作『燦燦ーさんさんー』で「モントリオール世界映画祭2014」より正式招待を受ける。2020年、豊原功補、小泉今日子によるプロデュース映画『ソワレ』を公開。「第25回釜山国際映画祭」【アジア映画の窓】部門に正式出品される。2023年公開の最新作『茶飲友達』は都内1館のスタートから全国80館以上に拡大公開され話題となる。

木村知貴
きむらともき|俳優
1978年8月31日生まれ、秋田県出身。劇団東京乾電池アクターズラボを経て自主・商業の枠に捉われず、映画を中心に活動。2017年公開の『トータスの旅』で第17回TAMA NEW WAVE ベスト男優賞、第10回田辺・弁慶映画祭 男優賞を受賞、2020年に主演を務めた『はこぶね』で第23回 TAMA NEW WAVE ベスト男優賞を受賞。2023年はNHK大河ドラマ『どうする家康』、『ゲキカラドウ2』(テレビ東京)などに出演。映画では『ちひろさん』、日韓合同製作映画『SEE HEAR LOVE』、『ホゾを咬む』、『クオリア』ほか数多く出演し、2024年には主演映画『蘭島行』の公開が控えている。

撮影・文 / 外山文治

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外山文治 映画監督

1980年9月25日生まれ。福岡県出身。短編映画『此の岸のこと』が海外の映画祭で多数上映。長編映画監督デビュー作『燦燦ーさんさんー』で「モントリオール世界映画祭2014」より正式招待を受ける。2020年、豊原功補、小泉今日子によるプロデュース映画『ソワレ』を公開。「第25回釜山国際映画祭」【アジア映画の窓】部門に正式出品される。

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