酒をやめるという選択──『枯れ葉』

折田侑駿

 この社会は酔っ払いに厳しい。というか、場合によっては酒を飲む行為そのものに厳しい目が向けられることもある。たとえば有事の際。コロナ禍の自粛期間中に飲み歩いた人間は叩かれ、なぜか謝罪を求められた。一部の人にとって酒は堕落と享楽の象徴なのかもしれないが、私は自分の心の健康を優先させるため、飲みたくなったらいつどこでも酒を飲むようにしている。もちろん、社会生活に支障をきたさない程度にだ。平日の昼間、オフィス街のコンビニでスーツ姿の男性が「いろはす」のペットボトルに「ストロングゼロ」を移し替えているのを何度か目にしたことがある。「それはさすがにちょっと……」と心配になったものだが、彼らはいまごろどうしているのだろう。

 2017年公開の『希望のかなた』で引退宣言をしたアキ・カウリスマキの最新作『枯れ葉』には、ところかまわず酒を飲む男・ホラッパ(ユッシ・ヴァタネン)が登場する。独り身の彼の生活は豊かだとはいえず、ラジオからは隣国が侵略戦争を行っている様子が聞こえてくる。正直やってられないだろう。アルコールで堕落と享楽にふけるくらい許されるべきだ。けれども彼の場合は、完全に生活に支障をきたしているのである。

 私たちはこの『枯れ葉』の住人たちと同じ世界線を生きている。戦争に差別、物価高騰や国民を置き去りにしたワケの分からない制度の導入など、うんざりするニュースばかりだ。正直なところ私は酒を禁じられたら生きていける自信がない。つまらない自棄酒は一切しないが、こんな世界で生きていくためには、酒を飲む楽しみくらいはなければ。アルコールを摂取すれば世界からフワフワ浮いた気分になるものだが、同時にこの世界に己をつなぎとめるのもまたアルコールなのだ。

 けれどもときには、酒を飲まない人生というものを夢想したりもする。実際、酒のせいで無駄にしている時間にはちょっと恐ろしいものがある。しかし、これがいまの自分なのだ。ホラッパはあることを理由に酒をやめるという選択をする。それは彼にとって唯一の楽しみというか救いのようなものを手放し、世界に自分をつなぎとめる手段のひとつを捨てるということだ。彼が望むのは、これらを差し出さなければ手に入らないもの。私にもいつかそんな日がくるのだろうか。想像できないが、それもいい気がする。

 ヴィム・ヴェンダースやホウ・シャオシェンといった世界中の名匠と同じく、カウリスマキが小津安二郎から大きな影響を受けていることは広く知られている。本作『枯れ葉』にも、たびたびそれが垣間見えるのだ。そんな小津といえば、この2023年12月12日で生誕120年、没後60年になる。『早春』(1956年)、『彼岸花』(1958年)、『秋日和』(1960年)、『秋刀魚の味』(1962年)などなど、彼の映画の登場人物たちもよく酒を飲む。この12月は小津の愛した長野の地酒「ダイヤ菊」をちびちび飲りながら過ごし、12日には彼の生まれた深川から墓のある北鎌倉まで歩いてみようと思う。酒をやめるという選択は、いまのところなさそうだ。

『枯れ葉』
監督・脚本 / アキ・カウリスマキ
出演 / アルマ・ポウスティ、ユッシ・ヴァタネン、ヤンネ・フーティアイネン、ヌップ・コイヴ
公開 / 12月15日(金)よりユーロスペースほか
配給:ユーロスペース
© Sputnik
Photo:Malla Hukkanen

※「2023年12月号 vol.27 DOKUSOマガジン」P20の同連載において劇場公開日の表記に誤りがありました。web版にて訂正してお詫び申し上げます。

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折田侑駿 文筆家

“名画のあとには、うまい酒を”がモットー。好きな監督は増村保造、好きなビールの銘柄はサッポロ(とくに赤星)。

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