痛飲する男たちの肖像──『花腐し』

折田侑駿

 酒を飲んでくだを巻く人間が苦手だ。というか正直な話、かなり嫌いである。せっかくの酒の席。どこかの誰かと私がこの場をともにしているのは何かの巡り合わせなのだと思う。そう思いたい。このページをとおして出会った私たちのように。それはひょっとすると運命なのかもしれない。たとえ最後までお互いの名前さえ知らないのだとしてもだ。もう二度と盃を交わすことはないかもしれない。だからこそ、過ぎ去った日々のできごとを思って落胆のため息をつくのではなく、少しでも生産的で有意義な時間を過ごしたいのだ。せっかくの酒席なのだから。

 荒井晴彦監督による『花腐し』は、ひょんなことから出会った栩谷修一(綾野剛)と伊関貴久(柄本佑)というふたりの男が、ただひたすら酒を飲んでは過去と現状を憂い、終始くだを巻き続ける作品である。というと、やや語弊がある。ふたりの出会いはある種の運命的なもので、何本もの缶ビールを空にし、マッコリをすすり、韓国焼酎をあおりながら繰り広げるトークの中心は、あるひとりの女性・桐岡祥子(さとうほなみ)にまつわること。彼らがうらぶれた人間であることに変わりはないし、繰り返し口をつける酒も煙草も退廃的なムードを増長させる。だが、私たち観客が目にする彼らの過去の光景は花々に彩られているようにも見える。男たちが吐き出すため息は、ときにうっとりしたものでもあるのだ。けれども過ぎ去った日々はもう二度と、取り戻すことができない。

 ふと、2021年に公開され若い世代を中心にヒットした映画『花束みたいな恋をした』を思い出した。主人公である麦(菅田将暉)と絹(有村架純)という若いカップルは、世にあふれるさまざまなモノに対する「好き」がことごとく一致していて、缶ビールを片手にそれらについて語り合ったりする。が、シビアな現実を前にそんな日々はいつまでもは続かない。ふたりは手にした幸せの花束を半分に分け合って、別々の道をゆくことになる。この麦と『花腐し』のふたりの男は対照的だ。彼らはいつまでも夢にしがみつき、過去にしがみついて生きている。それぞれが手にする花はとうの昔に腐っているわけだ。

 生きていくうえでの正解などありはしないのだろう。私は後悔しないように日々を生きているつもりだが、やがて訪れる“いつの日か”になってみてはじめて、“きょうという日”がどんなものであったか分かることもあるのだと思う。そんなことを考えていると、酒席でくだを巻く人間を忌み嫌う自分がひどく器の小さな存在に思えてくる。そうだ、少しくらいは耳を傾けてみよう。せっかくの酒席だからこそだ。ただし、そこでつくため息はうっとりとしたものだけにしてほしい。同じカウンターで肩を並べるあなたが手にしたその花を、ほんの一瞬くらいなら酒の力を借りてよみがえらせることだってできるかもしれない。そのかわり、そこで耳にした話は何かしらのネタ(=生活の糧)にさせてもらう。少なくとも私は過去ではなく、未来に向かって書いているのだから。

『花腐し』
R18+
監督 / 荒井晴彦
脚本 / 荒井晴彦、中野太
出演 / 綾野剛、柄本佑、さとうほなみ、吉岡睦雄、川瀬陽太、MINAMO、Nia、マキタスポーツ、山崎ハコ、赤座美代子、奥田瑛二
公開 / 11月10日(金)よりテアトル新宿ほか
配給:東映ビデオ
©2023「花腐し」製作委員会

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折田侑駿 文筆家

“名画のあとには、うまい酒を”がモットー。好きな監督は増村保造、好きなビールの銘柄はサッポロ(とくに赤星)。

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