井浦新「俳優ってもっと自由でいい」 『福田村事件』インタビュー

DOKUSOマガジン編集部

『A』や『FAKE』、『i-新聞記者ドキュメント-』などのドキュメンタリー作品で知られる森達也監督が初めて劇映画として手がけた『福田村事件』。1923年に千葉県福田村の村人たちが行商団を虐殺した事件をモチーフに、日本の歴史の暗部を掘り返し、いまだはびこる偏見や差別に対して問題提起をする作品だ。企画の概要を知り、すぐさま出演を決意したという主演の井浦新に、本作の製作背景について語ってもらった。

「いまこの作品を生み出す意義を感じました」

──出演の経緯と、決まった際の心境を教えてください。

井浦「この企画が立ち上がったばかりの段階で、森監督とプロデューサー陣からお声がけいただいたんです。まだ脚本もなく、僕がどんな役を演じることになるのかも分からない状態でしたが、熱い想いを受け取りました。恩師である若松孝二監督とご縁の深い方々による企画だというのももちろんですが、森監督の手がけるドキュメンタリー作品も観ていましたしやはり初めて劇映画を撮るということにとても興味がありました。実際にあった事件をモチーフとした作品に挑む意義を俳優として感じましたし、森監督の最初の劇映画の現場に立ち会えるのは光栄なことですので積極的に関わっていきたいと思いました」

──企画の概要だけで出演を決められたんですね。

井浦「福田村事件を森監督が劇映画として描くーーほとんどこれだけです。でも僕は福田村事件のことを知らなかったんです。そこでいろいろと調べていくうちに、これは森監督だからこそ描ける作品なのだろうという気持ちが高まってきました。僕が知らなかったように、この事件のことを知らない方は少なくないはず。でも映画をとおして、この忘れてはいけない、絶対に埋もれさせてはいけない事件があったことを伝えていくことができる。この映画づくりがどれだけ大変なものになろうとも、いまこの作品を生み出す意義を感じました。そしてそれは事件のことを知れば知るほど、大きく膨らんでいきました。果たして森組にはどんな仲間たちが集まるのかも期待していました」

──本作をとおして初めて福田村事件のことを知ったということですが、どのような印象を持ちましたか?

井浦「まず僕個人の考えとして、福田村事件の存在を知らないことは恥ずかしいことではありません。僕はこの事件のことをこれから先も知らないままにしておくことが恥ずかしいと思うんです。今後この映画の存在は、あらゆるきっかけになり得るとも感じます。劇中で描かれている惨事は絶対にあってはならないこと。自分や身の回りの大切な人やものごとを守りたい一心で、目の前の不安を暴力によって排除してしまう。動物的な生き物の行動心理からすると、とてもシンプルなものなのかもしれません。ただ、今回の福田村事件の背景には戦争や差別、そこにそれぞれの被害があって、日常があったわけです」

──おっしゃるように背景は複雑で、暴力が発生するメカニズムは極めてシンプルだと思います。

井浦「やっぱりすべての元凶は戦争というものに集約されると思います。これがつまり、事件が起こった背景の一つ。戦争というものさえなければ、民族間の対立は生まれなかったかもしれないし、福田村事件のみならず朝鮮人の虐殺なんて起きなかったかもしれない。僕が演じている澤田は戦争により人間として壊れてしまった人物です。そんな彼が日本の日常に戻されるものの、一度壊れてしまった人間が社会生活を送っていくのは難しい。彼の抱える苦悩や葛藤を伝えることが僕の役目の一つでした。でも澤田だけでなく、この物語に登場するのは誰もが戦争の犠牲者です。福田村事件によって、それが露呈する。立場の異なるそれぞれの役を演じる俳優の誰もが、戦争というものに向き合っていたのではないかと思います」

映画を撮る森達也監督の現場

──劇映画を撮る森監督の現場はいかがでしたか?

井浦「演出の際にはどんな言葉を選ぶのか、どのようなかけ声を発するのか、ファーストカットを撮るときからキャストもスタッフもみんな耳を澄ましていました(笑)。今回の作品は、キャストもみんな森組に参加したい、森組の作品を成功させたい、そんな思いで集まってきています。現場では森監督がこれまで培ってきたドキュメンタリー領域でのキャリアを踏まえたうえで、劇映画を撮ることを苦しみながらも楽しんでいるようでした。そしてクランクインの前に、“この座組の中で一番の映画の素人です”とおっしゃっていた姿が印象に残っています。そういった映画人としての姿勢にも惹かれました」

──演技に対する演出はどのようなものでしたか?

井浦「森監督は基本的に、俳優が持ってきたものをしっかりと受け止めてくださる方です。俳優が用意したものにきちんと責任を取ってくださる、ともいえるかもしれません。いち俳優部の人間としては、すごくありがたい存在です。一人ひとりの俳優を信頼して、この映画のことを任せてくださっているとも感じます。ときに、森監督の思い描いていたものと俳優が提示したものとがズレることもあったでしょうが、俳優が役を生きる中で生じたものを尊重してくださっていたように思います」

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『福田村事件』
監督 / 森達也
脚本 / 佐伯俊道、井上淳一、荒井晴彦
出演 / 井浦新、田中麗奈、永山瑛太、東出昌大、コムアイ、木竜麻生、松浦祐也、向里祐香、杉田雷麟、カトウシンスケ、ピエール瀧、水道橋博士、豊原功補、柄本明
公開 / テアトル新宿、ユーロスペースほか
©「福田村事件」プロジェクト2023

1923年9月1日11時58分、関東大地震が発生した。そのわずか5日後の9月6日のこと。千葉県東葛飾郡福田村に住む自警団を含む100人以上の村人たちにより、利根川沿いで香川から訪れた薬売りの行商団15人の内、幼児や妊婦を含む9人が殺された。行商団は、讃岐弁で話していたことで朝鮮人と疑われ殺害されたのだ。逮捕されたのは自警団員8人。逮捕者は実刑になったものの、大正天皇の死去に関連する恩赦ですぐに釈放された.....。

井浦新
いうらあらた|俳優
1974年9月15日 東京都⽣まれ。1998年、映画『ワンダフルライフ』に初主演。以降、映画を中⼼にドラマ、ナレーションなど幅広く活動。アパレルブランド「ELNEST CREATIVE ACTIVITY」ディレクター。サステナブル・コスメブランド「Kruhi」のファウンダー。映画館を応援する「MINI THEATER PARK」の活動もしている。2023年は映画『福田村事件』、『アンダーカレント』、『人生に詰んだ元アイドルは、 赤の他人のおっさんと住む選択をした』の公開が控える。

撮影 / 西村満 取材・文 / 折田侑駿 スタイリスト / 上野健太郎 ヘアメイク / NEMOTO(HITOME)
衣装 / ジャケット・シャツ・パンツ:Graphpaper、その他スタイリスト私物

今回の記事を含む、ミニシアター限定配布のフリーマガジン「DOKUSOマガジン」9月号についてはこちら。
DOKUSOマガジン9月号(vol.24)、9月5日発行!表紙・巻頭は井浦新、センターインタビューは門脇麦!

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