手島実優×外山文治 ─かつて女優になると宣言した彼女は、今、唯一無二の女優になった 2023.5.22
「手島実優です。女優になります」
6年前の春、高崎映画祭の舞台挨拶を終えた私に声を掛けてくれた手島さんのことをはっきりと覚えている。「あ、でも来月から留学するんですけど」と慌てて訂正する仕草も記憶している。やがて彼女は沢山の物語に出演するようになり、映画の未来を担う逸材と対峙する本コラムに登場するまでになった。対談を終えた今、彼女がどんな女優とも異なる魅力を放つ存在であることがわかる。可能ならば手垢まみれの私の文章力よりも、彼女の声をそのまま文字起こしでお届けしたいほどの魅力である。
「10歳の頃に地元にアクティングコーチが来たんです。習い事はもうスイミングとそろばんに通っていたけど、レッスンを受けてみたら楽しかった。それで芸能事務所を薦められて、幼い頃は大手に幾つか所属したんです。でも作品のオーディションに受からなかった。100回、200回と受けて一度もダメでした。14歳で映画の最終オーディションに残れて、ところが側弯症という背骨の病気が分かり、『緊急手術しないと真っ当に生活できない』と医者に言われて泣く泣く辞退しました。それを最後に一区切りつけました」
その後は、彼女の言葉を借りれば「捻くれた」日々を過ごしたという。何より辛かったのは病人扱いされて、優しくされることだ。“可哀想な女の子”とレッテルを貼った周囲の視線は彼女の心を深く突き刺し続けた。
「もうねえ、なんでやねん‼︎ ですよ。病気は私のせいじゃないし、芝居もやれるし、人としてもまあまあしっかりやってます‼︎ って言いたかった(笑)。大人も同級生も嫌いになって、誰かの視線と私の内面のギャップについて四六時中考えていました」
人生の最も多感な時期に、神様を恨む出来事が多すぎた彼女だが「おかげでアンコントロールな事態への耐性ができましたね」と微笑んでみせる。やがて地元で撮影される自主映画のオーディションを受けるとヒロインに合格。17歳にしてついに俳優業のスタートを切ることになった。それは長く続いた苦労が表現の役に立つようになってきたということだろうか。
「表現の役に立っているか分からないですが、私の人生には役立っていますね。私には何事も『その限りではない』という思いがある。こうすればこうなるよと決めつけられても、絶対にその限りではないし、自分の考え方さえも変わる。辛いことを頑張れたら売れるとも思わない。不確定要素が多い世の中で物事を見極める力にはなったし、芝居でも役柄を多面的に演じたいと思っています」
若い俳優は自己が確立される前の時期ゆえに、他者の教えを盲目的に信じすぎる傾向があるが、彼女には如何なる立場からの意見も咀嚼して、選択できる成熟さと心の幅を感じる。思えば留学も、その後に群馬に在住しながら東京で活動することを選んだことも、自らが決めた道だ。独特な彼女の個性はヒロイン役だけでなく脇役でも輝き、出演作品が途切れることがない。
「沢山の人に届けばいいと思うし、届かなくても、良いと思ってくれる人は沢山いるから傷つく必要はない。自分ではコントロールできない領域があるから。それに、私は俳優をするために普段生活しているわけじゃないんです。芸術に触れたり自分をメンテナンスするのも人生のため。芝居で感じたことを自分の人生に溶け込ませて豊かにしたい。俳優業よりも私は圧倒的に自分の人生の方が上になっちゃうので……これ怒られますかね」
怒られるものか。確かに全ての出来事を演技に落とし込もうとするのは、役者の生き様であり業でもある。しかし、彼女は生き様よりも生きることがすべての答えであることを知っている。
手島実優。かつて女優になると宣言した彼女は、今、唯一無二の女優になった。
外山文治
そとやまぶんじ|映画監督
1980年9月25日、福岡県生まれ宮崎県育ち。長編映画監督デビュー作『燦燦ーさんさんー』で「モントリオール世界映画祭2014」より正式招待を受ける。2020年、豊原功補、小泉今日子によるプロデュース映画『ソワレ』を公開。「第25回釜山国際映画祭」【アジア映画の窓】部門に正式出品される。最新作『茶飲友達』が全国公開中。
手島実優
てしまみゆう|女優、モデル
1997年10月1日生まれ、群馬県前橋市在住。ヒロインを演じた、武井佑吏監督『赤色彗星倶楽部』が第11回田辺・弁慶映画祭にてグランプリを受賞。中川駿監督『カランコエの花』で数々の賞を受賞。映画『猫は逃げた』『よだかの片想い』への出演、新作にDisney+オリジナルドラマシリーズ「シコふんじゃった!」、東海テレビ制作ドラマ「にがくてあまい」など。
撮影・文 / 外山文治
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DOKUSOマガジン5月号(vol.20)、5月5日発行!表紙・巻頭は宮沢氷魚、センターインタビューは本宮泰風×伊藤健太郎!
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1980年9月25日生まれ。福岡県出身。短編映画『此の岸のこと』が海外の映画祭で多数上映。長編映画監督デビュー作『燦燦ーさんさんー』で「モントリオール世界映画祭2014」より正式招待を受ける。2020年、豊原功補、小泉今日子によるプロデュース映画『ソワレ』を公開。「第25回釜山国際映画祭」【アジア映画の窓】部門に正式出品される。