宮沢氷魚「一時間半や二時間という尺の中で一つの世界観を提示できるのが映画の醍醐味」『はざまに生きる、春』インタビュー

DOKUSOマガジン編集部

レプロエンタテインメントによる映画製作プロジェクト「感動シネマアワード」の一つとして誕生した『はざまに生きる、春』。主演を宮沢氷魚が務め、これが商業デビュー作となる葛里華監督が手がけた本作は、発達障害を抱える画家の青年と、彼に惹かれていく女性の交流を描いたものだ。初めて映画作りの企画段階から携わったという宮沢に、現在の心境を語ってもらった。

一時間半や二時間という尺の中で一つの世界観を提示できるのが映画の醍醐味

──「感動シネマアワード」の企画の始動から早くも3年以上が経ち、宮沢さんが看板を背負った『はざまに生きる、春』がいよいよ公開されますね。いまの心境を教えてください。

宮沢「いろんな感情が生まれているのを感じています。“感動シネマアワード”は映画の企画コンペです。多くの脚本と企画書が送られてきて、最終的には僕自身が挑みたい作品を選ばせていただきました。それぞれの脚本を読みながら見えていた景色をいまでも鮮明に覚えています。何も無いところから映画が芽吹き、観客のみなさんと出会える日を待っているわけですが、この時間は幸せですね。参加した作品はどれも大切で、初日を迎えるのはいつも待ち遠しいもの。そんな中でも本作はちょっと違います。作品の成り立ちへの関わり方が違うのもそうですが、撮影に向けて改稿される脚本には、僕の意見を反映させていただいてもいるんです。いち役者が物語の設定やセリフに関して口を出すのはどうなんだろうと思う瞬間はもちろんありました。でもこのプロジェクトは、後世に残る素晴らしいものをみんなで作るというコンセプトがベースにあります。いち役者としてというよりも一人の映画を愛する者として、葛監督とはディスカッションしていました。なので、脚本が完成する前から役作りも始まっていたんです」

──主人公の屋内透という人物をどのように捉え、具体的にどのように役作りをしていったのですか?

宮沢「透くんは発達障害を抱えているため、どうしてもそこに焦点が当たりがちです。ですが何よりも重要なのは、彼がどんな人間なのかということ。透くんは自分の中に強固な軸を持った人です。好きなことに真っ直ぐで、夢中になると止まらない。彼の才能が発揮できる絵を描くことをライフワークにし、懸命に取り組んでいます。そして彼は、自分の大事にしているものを大切な人と共有したいと願っている人物です。そんなキャラクターの持つ特性の一つとして、アスペルガー症候群がある。なので、発達障害やアスペルガー症候群というものを役の入口にしたわけではありません。でもその一方で、透くんがアスペルガー症候群であることは事実です。葛監督とたくさん話し合いを重ねましたし、監修に入ってくださっている先生から多くのご意見もいただきました。撮影前に当事者の方にお会いできたことも、この作品に臨むうえで欠かせない貴重な時間でした。僕と透くんは、そんなに遠くはないと思っています。好きなものの話になるとつい熱くなってしまいますし、いつだってそれを誰かと共有したいと思っていますから」

──屋内透と小向春(小⻄桜子)の交流を描いた本作のテーマをどのように受け止めていましたか?

宮沢「僕の個人的な意見ではありますが、透くんと春ちゃんはまったく違う人間です。物事の感じ方も違うし、透くんは他者とのコミュニケーションを取るのが得意ではありません。他者の考えていることをうまく理解できずに苦労することも多い。でも春ちゃんという人と出会ってから、恐らく初めて誰かのことを理解したいと思うようになった。そして、自分の感情を共有したいとも願うようになる。人はそれぞれ違いますから、他者のことを100パーセント理解することは不可能だと思います。でもそれでも、誰かのことを知りたいと思ったり、誰かのために何かを変えようとすることはできる。“誰かを想うことから始まる変化”というテーマをこの作品からは強く感じていました。なので僕個人としては、恋愛映画だとはあまり意識していません。自分にとって大切な人ができて、その人といる時間に幸せを見出したり、その人のために何かをする。重視したのはそこです」

──屋内透というキャラクターは宮沢さんへの当て書きですよね。俳優にとって当て書きをされるというのはどんなものですか?

宮沢「とても不思議です。本作は葛さんの実体験を基にしながら、彼女が僕に対して抱くイメージが反映された物語になっています。脚本を読んだだけで屋内透というキャラクターがはっきりと見えました。でもほかの作品の脚本を読んでみると、登場するキャラクターが僕とはまったく違うんです。重なる要素が一つもないくらい。恐らく、“こんな宮沢氷魚が見たい”という思いで当て書きしてくださったのではないかと思います。その一方で、お会いしたこともないのに、まるで僕そのもののようなキャラクターが登場する脚本もありました。一口に当て書きといっても、こんなにもいろんなアプローチがあるのだと驚きましたね。僕自身に近いものであれ遠いものであれ、どれも書いてくださった方が持っている“宮沢氷魚像”がそこには反映されているんです。もちろん、パブリックな場とプライベートな場での僕は違いますよ。いただいた脚本のキャラクターにやや偏りを感じたのですが、それは僕がこれまでに演じてきた役柄が大きく影響しているのだと思います。特定のイメージを抱いてくださっていることへの嬉しさがあった反面、それを崩したい気持ちもありました。自分がどう見られているのか、いち役者としての現状を知る機会にもなりました」

──本作は葛監督の商業デビュー作で、その誕生の瞬間に立ち会うことになりましたね。

宮沢「役者としてデビューをしたときのことはいまだに鮮明に覚えています。現場に向かう道中や、共演者の方々の表情、スタッフさんたちの声など、すべて覚えているんです。それくらいデビュー作というのは人生において特別なものだと思います。『はざまに生きる、春』が葛さんにとってどんなものになったのか気になりますし、その特別な機会に携われたことが非常に嬉しいです。当て書きしていただいたこともそうですが、本作で僕と葛さんは特別な関係を築くことができました。それはそのままこの作品の特別さに繋がっています。主演として彼女をうまく支えられたのかは分かりません。ただ本作の現場は、誰かが先頭に立って突っ走っていくようなものではなく、みんなで一緒に歩んでいくものでした。お互いの支え合いで成り立っている現場だったんです」

──宮沢さんにとって映画とはどんなものでしょうか?

宮沢「映画の現場に参加するのが僕は大好きです。一つひとつのシーンを大切に撮っていき、監督が理想とするものを実現させるために粘れるところまで粘る。それができるのが映画の魅力かなと。そのために僕たち役者も全力で立ち向かいます。一時間半や二時間という尺の中で一つの世界観を提示できるのが映画の醍醐味で、それをいかにして成立させられるか。座組で一丸となって試行錯誤します。ドラマや演劇とはまた違う面白さがここにあるんです。いち観客としては、やはり映画は映画館で観たいものですね。世の中はたくさんのコンテンツで溢れていて、いつでもどこでも映画を観ることができる。でも映画館に行けば、スクリーンと対峙するしかありません。真剣に対峙しなければ、その映画にとって大切な情報を取りこぼしてしまいますからね。いまの日本映画は国内で高い評価を受けていても、国際的な評価を得られる作品はまだ少ないのではないかと感じています。時間や予算の問題は常にありますが、面白い作品には必ずファンがつくはず。これから映画界にやってくる方々には、恐れずに挑戦的な作品を生み出すことを願っています。そんな映画を僕は観たいし、ぜひとも参加させていただきたいです」

宮沢氷魚
みやざわひお|俳優
1994年カリフォルニア州サンフランシスコに生まれる。2015年 第30回『MENʼS NON-NO』専属モデルオーディションでグランプリを受賞しモデルデビュー。2017年 TBS系ドラマ「コウノドリ」第2シリーズで俳優デビュー。以後、日本テレビ系ドラマ「偽装不倫」、NHK連続テレビ小説「エール」「ちむどんどん」、映画『騙し絵の牙』、『ムーンライト・シャドウ』、舞台「ピサロ」他、話題作に出演し続ける。初主演映画『his』では、第12回TAMA映画賞最優秀新進男優賞、第45回報知映画賞新人賞、第42回ヨコハマ映画祭最優秀新人賞、第30回日本映画批評家大賞新人男優賞などを受賞している。

『はざまに生きる、春』
監督・脚本 / 葛里華
企画・プロデュース / 菊地陽介
出演 / 宮沢氷魚、小⻄桜子、細田善彦、平井亜門、葉丸あすか、芦那すみれ、田中穂先、鈴木浩文、タカハシシンノスケ、椎名香織、黒川大聖、⻫藤千穂、小倉百代、渡辺潤、ボブ鈴木、戸田昌宏
公開 / 5月26日(金)よりテアトル新宿 他
©「はざまに生きる、春」製作委員会

出版社で雑誌編集者として働く小向春(小⻄桜子)は、仕事も恋もうまくいかない日々を送っていた。ある日、春は取材で、「⻘い絵しか描かない」ことで有名な画家・屋内透(宮沢氷魚)と出会う。思ったことをストレートに口にし、感情を隠すことなく嘘がつけない屋内に、戸惑いながらも惹かれていく春。屋内が持つその純粋さは「発達障害」の特性でもあった。ただ、人の顔色をみて、ずっと空気ばかり読んできた春にとって、そんな屋内の姿がとても新鮮で魅力的に映るのであった。周囲が心配する中、恋人に怪しまれながらも、屋内にどんどん気持ちが傾いていく春だったが、「誰かの気持ちを汲み取る」ということができない屋内にふりまわされ、思い悩む。さまざまな “はざま”で揺れる春は、初めて自分の心に正直に決断する――。

撮影 / 西村満 取材・文 / 折田侑駿 スタイリスト / Masashi Sho ヘアメイク / Taro Yoshida(W)

今回の記事を含む、ミニシアター限定配布のフリーマガジン「DOKUSOマガジン」5月号についてはこちら。
DOKUSOマガジン5月号(vol.20)、5月5日発行!表紙・巻頭は宮沢氷魚、センターインタビューは本宮泰風×伊藤健太郎!

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