スコリモフスキ新作『EO イーオー』は酒飲みへの教訓である(かもしれない)

折田侑駿

牧場でロバに触れたことがある。私だけなく、このような経験をお持ちの方は少なくないだろう。酒を飲んだあとで、ロバに触れたことがある。これも私だけではなく、それなりに経験者がいるのではないだろうか。観光地である大きな牧場にはレストランがあって、そこではさまざまな肉を喰らうことができる。もちろん、それにあわせてビールをグビグビグビグビ。外に出ると青空がまぶしく、いい気分だ。そんな状態のときに、たまたまそこに居合わせたロバをなでる。ハッキリ言って最低である。いくらこれが牧場を運営する側の思惑によって促された行為であっても、私は私のことが恥ずかしい。ロバたちは、昼間から酒気帯びの陽気な人間にサービスを提供するために生きているわけではないのだ。

これと似たようなことを、休日の大きな公園などでもよく目にする。花見を目当てにやってきた酔客が、たまたま近くを通りかかった犬に近寄っていく。そして酔いにまかせてその犬に話しかけ、最終的には飛びつく。酔っ払いの接待をするために犬が公園にやってきたわけでないのは言うまでもない。なにも私は、公園でこのような光景を目にしてロバのことを思い、過去の自分を恥じたわけではない。もっとも敬愛する映画監督のひとり、イエジー・スコリモフスキの新作の主人公がロバだったからである。

本作の物語を一言で説明すると、ロバのEOが属していたとあるサーカス団を離れざるを得なくなり、やがて人間社会を旅していくというもの。私たち観客はEOの瞳をとおして、“人間”とはなんなのか、否が応でも考えないわけにはいかなくなる。EOの瞳に映る人間たちは、優しく愚かで卑しくおかしい。人間社会に翻弄されるロバの姿を見つめた映画というと、ディズニーやドリームワークスの作品で何度も観たことがあるような気がする。しかしもしもリアリスティックに実写化するならば、この『EO イーオー』のような感じなのだろう。EOが旅する世界は寒々しさに満ちている。これが、私たちの生きる現実なのだ。晴天の下で近づいてくる酔っ払いの姿も、おそらくこの映画の住人たちと大差ないはずである。

『EO イーオー』から少し話が逸れるのだが、先に記しているようにスコリモフスキは私にとって特別な映画作家だ。名画座の二本立て上映で『バリエラ』(1966年)や『出発』(1967年)や『ムーンライティング』(1982年)に出会い、ポーランド映画祭で『手を挙げろ!』(1967年)などに出会った。たぶん彼の映画との最初の出会いは『ザ・シャウト/さまよえる幻響』(1978年)で、これは晩酌のおともに10回以上は観ている。同作は大スクリーンとスピーカーのある環境で観るべき作品だが、自宅にて飲みながら観るのもオススメ。鑑賞後は「ウワァァァァー」と叫びながら、明日も不条理な人間社会で頑張ろうと思えてくるのだ。

スコリモフスキの映画はどれも実験精神に溢れている。衝撃の前作『イレブン・ミニッツ』(2015年)から7年の時を経た最新作の『EO イーオー』では、なんとロバが主人公なのだから。彼は本作をとおして、酒を飲んだ後の気晴らしでロバに近づくなと訴えているわけではもちろんない。けれどもこれは、さまざまな示唆に富んだ寓話である。なのであれば、私の学びと反省も決して間違いではないだろう。牧場で飲酒したのにロバに触れた覚えのない人間は、たんに忘れているだけだ。あなたが赤い顔をして通りがかった犬に飛びついているのを、私は公園で見かけた。“人間様”でいることを、私たちはそろそろやめるべきである。「酒を飲んでいたから」というのは言い訳にならない。

『EO イーオー』
監督 / イエジー・スコリモフスキ
出演 / サンドラ・ジマルスカ、ロレンツォ・ズルゾロ、イザベル・ユペール
公開 / 5月5日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテ 他
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折田侑駿 文筆家

“名画のあとには、うまい酒を”がモットー。好きな監督は増村保造、好きなビールの銘柄はサッポロ(とくに赤星)。

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