池松壮亮「あらゆる先人がいて、この先の未来があることを伝えていく」『せかいのおきく』インタビュー

DOKUSOマガジン編集部

日本映画界が誇る美術監督の原田満生が企画・プロデュースを務め、阪本順治監督が手がけた『せかいのおきく』。主演に黒木華、共演に寛一郎、池松壮亮らを迎えた本作は、江戸時代を舞台に、貧しくもたくましく日々を生きる若者たちの姿を描いた青春映画だ。この企画に共鳴し参加を即決したという池松に、本作にかけた想いを語ってもらった。

あらゆる先人がいて、この先の未来があることを、いち俳優として映画を通して伝えていくことが今の指針かなと思います

──出演のオファーが来たときの心境を教えてください。

「とても魅力的なプロジェクトだと思いました。時代劇でありながら、汚穢屋という生業にフォーカスし、当時の社会の末端で生きる人々の視点を通して世界を覗く。そして、そこから今という時代を覗く。『せかいのおきく』はそんな作品です。いまのこの時代を生きる一人の人間として共鳴しました。とても意欲的でクレイジーで面白い試みだなと。脚本も素晴らしかったですし、なにより今の日本のメジャー映画の市場でモノクロスタンダードサイズの作品が生まれることが奇跡に近いと思います。企画・プロデュース兼、美術を務めている原田満生さんにお声がけいただき参加が決まりましたが、原田さんはとんでもない方なんですよ。これまでいろいろな作品でご一緒してきましたが、一つひとつの映画そのものの基盤を作ってくれます。昔から数多くの日本映画を支えてきた原田さんが発起人となっている“YOIHI PROJECT”の第一弾企画の映画ということで、僕としては昔からお世話になってきた原田さんの企画に参加しないわけがない。これまで沢山のことを教えてもらいました。原田さんは僕にとって特別な存在なんです」

──本作は“YOIHI PROJECT”の記念すべき第一弾というだけでなく、池松さん個人にとっても特別な作品なのですね。

「原田さんとの交流はずっとあったものの、作品を共にするのは数年ぶりのことです。原田さんとの長い付き合いの中で、忘れられないことがあります。僕が25歳のときに参加した作品の打ち上げの席で、原田さんに対して“一緒に組みたい人も参加したい作品もどんどん少なくなっている。日本映画自体も停滞している。誰か最近面白いと思える新しい人はいましたか?”と聞いたんです。そうしたらすごく怒られて。当たり前ですよね。その時“いい人を探すな、お前がいいものにすればいいだろう”と言われました。“他者に求めるな”ということを言われました。自分自身、分かっていたつもりですが、20代前半働き通して、待つことしかできない俳優という職業に不満が溜まっていたんだと思います。もっとやりたいこといっぱいあるのにって。ほとんど人に相談事などしない若者でしたが、原田さんにならと思って甘えてしまったところがあったのを、原田さんにぐうの音も出ないことを言われてハッとしました。あの時のあの言葉がいまの僕の支えになっていて、“とりあえず続けていればいい作品に出会えるだろう”というスタンスでいることをきっぱりやめたんです。“いい日になればいいな”、“いい時代になればいいな”、“いい社会になればいいな”と、誰もが思っていますよね。でもそれを実現させるためには、自ら能動的に動くしかない。そんなふうに僕の考え方や仕事への向き合い方を変えてくれた人が、こうしてプロジェクトを立ち上げてまた動いたわけです。やっぱり参加するのは当然でした」

──阪本順治監督の描く物語や、矢亮というキャラクターに対してはどのような印象を持ちましたか?

「どんな時代にもある生きづらさを描いている一方で、現代では失われゆく豊かな生き方を本作は描いています。僕はこのどちらもを、矢亮というキャラクターを通して体現できればと思っていました。空の下に人がいて、水があって、矢亮たちのように虐げられる人間がいる。矢亮は汚穢屋という仕事をしながら、今日を生きぬくためのギリギリの日銭を稼ぐ日々ですが、コップ一杯の矜持を持って瑞々しくあの世界で生きています。そんな彼の姿を、一つひとつの画に刻みたいと思っていました。矢亮が矢亮らしく、だらしなく、情けなく、けれども真剣に、いつわらずに、純粋に、濁らずに、懸命に生きている姿を演じたいと思っていました。阪本作品ならではの、とてもやりがいのある役をいただいて、楽しく演じることができました。阪本さんの描くこの世界がとても好きでした。路上の人々に寄り添い続けるその態度と姿勢に感動しました。阪本さんの哲学や、倫理観、人を見つめる眼差しと矜持、何もかもが素晴らしいものでした。大きな世界の中に、おきくや中次や矢亮がいて、めぐる季節の中で生きている。作品世界が放つ情緒を転がしながら、次の季節を待ち、新しい時代を待ちながら、そこで生きていたことを目指しました」

──そうして臨んだ実際の撮影現場はどうでしたか?

「みんな賑やかに楽しく集中して過ごせていたと思います。黒木さんが演じた“おきく”は非常にデリケートな役でしたが、その佇まいや仕草にはつねにおきくの儚さと風格が感じられました。寛一郎も大きなものを背負って現場に立ちながらもリラックスして中次というこの映画の基盤を見事に演じきっていました。僕は阪本組が初めてだったのですが、名だたる先輩俳優陣が“阪本さん、阪本さん”と慕う理由が分かりました。かつてある先輩俳優が、“なぜか阪本さんに対してだけは監督と呼びたくなる”と言っているのを聞いたことがありますが、その理由が分かりました。もちろん、ほかの方々のことを監督と呼べないという意味ではありませんよ。ただ、ああいうリーダーはもういないのではないかと思います。様々な理想形はあれど、阪本さんのスタッフやキャストや、物語の役それぞれの人生を背負ったリーダーとしての在り方に、これが映画監督かと、日々感動していました。」

──できあがった作品はいかがでしたか?

「とても満足しています。この難しいプロジェクトに参加できたことを誇りに思っています。本作はなかなか目にすることのできないもの、可視化されないものを物語として映し出しています。汚穢屋にフォーカスすることでいまの時代に希薄な循環型社会のあり方を描いていますが、江戸時代の人々は生きるために“循環”というものがいかに重要であるかを知っていたんだと思います。見過ごされている、学ぶべき歴史であると思うと同時に、この作品はいまの時代でこそ伝わるものだと思います。自分たちが生きている時代に対する意識と作品は切り離せません。普遍的なものとして、願わくば50年後も100年後も観られてほしいと思いますし、世界に蔓延る様々な問題を無視したクリエーションをもうこれ以上続けていきたくないと思っています。映画とは表現であり、表現とは思想です。どんな思想であれ、思想は蔓延し増殖していきます。この国の映画界では何年も、社会の問題を描くこととエンターテイメントはほぼ共存しないものとされてきましたが、内包しながら、いかにエンターテインしつつ、興行を増やしていけるか。新しい時代に向かって、この国でも絶対に可能なやり方があると思いながらこれからも目指していきたいです」

──本作を経て池松さんが得たものは何でしょうか?

「作品に関わるたびに驚くほど得るものや発見だらけです。あらゆる作品が自分にとってのターニングポイントになっています。本作に参加している期間は、本当に刺激的で穏やかな、濃密な日々を過ごすことができました。でも、そこで起きる変化は内的なことばかりで、どう説明すればいいのか正直分かりません。わかりやすく今回僕にとって一番大きかったのは、敬愛する原田さんの企画による新しいフォーマットの映画作品に携われたこと、阪本さんと出会い、付き合いの長い俳優さんや名だたるスタッフの方々とともに素晴らしい時間を過ごすことができたこと。つまり、人に出会い、人生や感性を持ち寄り、意義深い作品づくりができたことです。これに尽きると思います。おきくたちが生きている江戸時代の末期といえば激動の時代ですが、今も同じですよね。この数年で社会の情勢は世界規模で大きく変わりました。変化は痛みや苦しみをともなうものでもありますが、いまの時代は世界規模での共通言語が存在しています。良い面でも悪い面でも世界の繋がりがより強くなってきてくれて、せかいという言葉が大きなキーワードとなりました。世界中の人々と同時代を生きていること、あらゆる先人がいて、この先の未来があることを、いち俳優として映画を通して伝えていくことが今の指針かなと思います」

池松壮亮
いけまつそうすけ|俳優
1990年、福岡県出身。2003年、『ラスト サムライ』で映画デビュー。以降、映画を中心に多くの作品に出演し、多数の映画賞を受賞。近年は海外作品にも出演し、幅広く活躍している。 主な出演作に『夜空はいつでも最高密度の青色だ』(17/石井裕也監督)、『斬、』(18/塚本晋也監督)、『宮本から君へ』(19/真利子哲也監督)、『アジアの天使』(21/石井裕也監督)、『ちょっと思い出しただけ』(22/松居大悟監督)、『シン・仮面ライダー』(23/庵野秀明監督)などがある。

『せかいのおきく』
脚本・監督 / 阪本順治
企画プロデューサー / 原田満生
出演 / 黒木華、寛一郎、池松壮亮、眞木蔵人、佐藤浩市、石橋蓮司
公開 / 4月28日(金)よりテアトル新宿 他
©2023 FANTASIA

あらすじ
江戸末期、寺子屋で子供たちに読み書きを教えているおきく。ある日、雨宿りをしていた紙屑拾いの中次、下肥買いの矢亮と出会う。武家育ちでありながら、今は貧乏長屋で質素な生活を送るおきくと、古紙や糞尿を売り買いする最下層の仕事に就く中次と矢亮。わびしく辛い人生を懸命に生きる三人はやがて心を通わせていくが、ある悲惨な出来事に巻き込まれたおきくは、喉を切られ、声を失ってしまう――。

撮影 / 西村満 取材・文 / 折田侑駿 ヘアメイク / ネモト(ヒトメ)

今回の記事を含む、ミニシアター限定配布のフリーマガジン「DOKUSOマガジン」4月号についてはこちら。
DOKUSOマガジン4月号(vol.19)、4月5日発行!表紙・巻頭は池松壮亮、センターインタビューは細田佳央太!

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