『日の丸〜寺山修司40年目の挑発〜』の問答、晩酌時のセレンディピティ

折田侑駿


©TBSテレビ

酒席で政治と宗教と野球の話はするべきでないと昔からよく耳にする。しかし昨今、これらが当然のように交わされている場によく出くわすようになった。多くの人にとって、これらについて考えて話すのは、自分の生活について考えて話すのと同じこと。それが尊重される時代になったのだ。プロ野球に関心のない私でも、酒席で大谷翔平のすごさを知った。

けれども私たち個人と日本国家の関わりなどについて話題を振られると、どうにも答えに窮してしまう。いきなり考えを述べよと詰め寄られたならば、枝豆の皮をいじる以外になすすべがない。そもそも私など、言語化できるほど考えたことがないのだ。同意見の方は多いだろう。そんな私たちにとって刺激的な一本の映画がある。『日の丸〜寺山修司40年目の挑発〜』だ。


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これは1967年に放送され「問題作」と呼ばれたドキュメンタリーを現代によみがえらせたもの。といっても、リマスター化してそのまま映画のフォーマットに置き換えたものなんかではない。あの寺山修司が構成を担当したドキュメンタリー内の試みを、東京五輪を経た令和の日本において改めて実践しようというものなのだ。

どのような試みかというと、マイクを手にした人間が街ゆく人々に対して「日の丸といえば何を思い浮かべるか?」「日の丸の赤は何を意味していると思うか?」などの質問を唐突かつ矢継ぎ早に投げかけるばかりでなく、「国と家族のどちらを愛しているか?」「外国人の友人はいるか?」「もし戦争になったらその友人と戦えるか?」というものにまで飛躍する。

しかも取材者は、自身の素性も目的も明かさぬままにである。熟考する間を与えないため、人々は反射的に答えを返すしかない。自身の考えを熱心に語る者があれば、答えに迷う者、この問いかけを訝しむ者もある。私だったら何と答えるか、いまのところ想像できない。


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いくら政治の話をするのが一般的になった時代とはいえ、酒席でこのような話題を持ち出す人はそういないと思う。質問のうちのいくつかは回答者のアイデンティティを揺るがし、場合によっては亀裂を生じさせるものであり、不特定多数の者が時間をともにする場ではタブーとするべきだろう。けれどもやはり、考えることは大切である。考えた先に「私」というものの実態があり、「他者」や「社会」、もっといえば「世界」との関係性が見えてくる。

一人で考えるならば、いつ、どこがいいのか──間違いなく、自宅での晩酌時がいい。想像力はどこまでも自由だが、それが想像であるかぎり、実際に自宅を出ていくことはないからだ。つまり、誰かを傷つけることもない。晩酌とは想像力を鍛えるのに最良の時間なのである。

照明を落とし、ほどよく冷えた生酒に口をつけながら、例の質問を自分自身に投げかけてみる。音楽はないほうがいい。晩酌時に自分だけの世界に深くもぐっていくには、普段から耳にしている環境音だけに満たされた空間であるのがベターだ。やがてこの「私」と「世界」との関係性が少しずつ明らかになってくる。舌に乗った生酒の冷たさが脳をクリアにし、その酸味が意識を冴え渡らせる。いつもはぼんやりとしている考えが輪郭を持ち、当人にとって思いがけない何かが顔を見せるのは、無意識の顕在化といえるものだ。

そこにはセレンディピティ(※予想外の発見)と呼べるものだってあるかもしれない。『日の丸〜寺山修司40年目の挑発〜』で行われている問答を、私たちが安易に酒席や街頭でやるべきではもちろんないだろう。映画との対峙は必ずしもスクリーンと向き合っているときでなければならないわけではない。スクリーンを要さない対峙の時間が、まさしく晩酌の時間なのである。


『日の丸~寺山修司40年目の挑発~』
監督 / 佐井大紀
出演 / 高木史子、シュミット村木眞寿美、金子怜史、安藤紘平、今野勉
公開 / 2月24日(金)より角川シネマ有楽町、ユーロスペース、アップリンク吉祥寺 他
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折田侑駿 文筆家

“名画のあとには、うまい酒を”がモットー。好きな監督は増村保造、好きなビールの銘柄はサッポロ(とくに赤星)。

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