シェアハウスで赤ちゃんと過ごして思い出したこと『沈没家族』【根矢涼香のひねくれ徘徊記 第16回】

根矢涼香


友人との福岡旅行。お世話になった宿泊先は、とあるシェアハウスだった。そこでは年齢、職業さまざまな大人が定住・出入りしており、数組の親子も暮らしていた。

初めましてをしたばかりの人達と、「いってきます」「ただいま」「おやすみ」「おはよう」を言い合える環境というのはなんだか心地がいい。家に帰ると元気な一歳児が走って出迎えてくれる。

そんな機会もこれまで無かったので初めはどぎまぎしたが、一人前になる前の、一挙手一投足の動物的な純粋さに感激し、友人と私は赤ちゃんの笑顔に骨抜きになった。

赤ちゃんはめちゃくちゃ可愛い反面、ずっと目を離せない。何が嫌なのか、何が欲しいのか、ころころ変わる表情と行動を大人は観察する。これから先初めて出会うものばかりのなのだから、当の本人の感情は大忙しだ。

ずっと付きっきりで、たった一人で子供と向き合っていたら、休む暇もなく生活のリズムはどっと変わる。きっと私だったら何が正解なのか見失ってしまうかもしれない。和気あいあいとした広い空間の中でする子育ては、育児に優しいとは決して言えない日本の中での、新しい選択肢であり、ひとつの希望になると思った。 

"新しい"と書いてしまったが、数年前に話題になっていた映画を思い出す。加納土監督による『沈没家族』だ。監督自身が共同保育で育ち、大人になってから当時自分を育ててくれた人たちに話を聞きにいくドキュメンタリーである。


1995年、加納監督が1歳のときに、シングルマザーだった母・穂子さん(当時23歳)が共同で子育てをしてくれる「保育人」を募集するためにビラをまき、東中野のアパートでの共同保育が始まった。独身男性や幼い子をかかえた母親など10人ほど集まり、当番制で「つちくん」の面倒をみていたという。

約1年半後、他の数組の母子や保育人とともに「沈没ハウス」と名付けた5LDKの一戸建てに引っ越し、生活を共にしながら育児も分担する彼らの様子は、テレビや雑誌で取り上げられていたようだ。自分が育った「沈没家族」とは何だったのか、“家族”とは何なのかを、当時一緒に生活した人たちに尋ねながら、母の想い、そして不在だった父の姿を追いかけて、“家族のカタチ”を見つめなおしてゆく。

一緒にお酒もタバコも嗜むようになった土くんにカメラを向けられる保育人たちの緊張感に思わずにやけてしまった。土くん自身も緊張している。大学生の土くんがなんだかとても大人びて見えたのは、小さい頃から大人と沢山関わってきたからだろうか。私が訪れたシェアハウスの赤ちゃんも全く人見知りをしなかった。

この沈没家族という試みの発起人、穂子さんの、助けが必要な時に明るい形で「助けて」を言える姿勢がすごくかっこいいと思った。ぜひ本編を一時停止して彼女の書いた言葉を読んでほしい。言語化の上手い、生きていく力を持った横顔だった。親になった自分とこれまで生きてきた自分は地続きである。突然完全な親になるわけではなくて、皆が模索しながら生活をしていくはずだ。

「自分のやりたいことをやれる時間がないと、子どもとも向き合えない」と彼女は訴える。子供を持てば誰もが思うかもしれないけれど、社会の中では言いにくいことなのではないか。人を1人育てるのだから、自分だけで背負い込むには大変なことだ。孤独に押しつぶされるくらいなら、辛くない状況を築き上げることを穂子さんは選んだ。どうせなら楽しく。生き方の答えは無限大にある。


調べてみると子育て支援ネットワークや共同保育シェアハウス、非営利法人などが各地に存在するようだ。実際の家族には、近い存在だからこそ感情のまま相手にぶつかってしまうこともあると思う。他人を挟むことで、落ち着いてヘルプを出したり、自分の気持ちを話せるのではないか。自立というのは何処にも頼らずに一人で立っていることではなく、少しずついろんな場所に寄りかかってこそ成立するものだ。

私がお世話になったシェアハウスにはシングルマザーの親子もいると伺った。一つ屋根の下、居合わせたメンバーで食卓を囲む。皆会話を楽しみながら、赤ちゃんを見守っている。共同で管理しているという田んぼで獲れたお米はとても美味しく感じた。

私のスマホのアルバムはその赤ちゃんでいっぱいになっていた。疲れた時の心のお守りリスト入りである。誰かを助けているつもりが自分も助けられていた。きっと少ししたら私のことは忘れてしまうだろうけれど、一人の男の子の小さくて大切な時間を一緒に過ごさせてもらったことは幸せな経験だった。おそらく私と友人が彼の成長を見に福岡に出かけるのは、そう遠くない未来のはず。


『沈没家族 劇場版』
監督・撮影・編集 / 加納土
DOKUSO映画館で配信中

根矢涼香
ねやりょうか|俳優
1994年生まれ。シェアハウスの天使はなぜかワニのおもちゃに私の鼻を噛ませることにハマっていた。職業柄、大袈裟にアクションを取っていたせいだろうか。

文 / 根矢涼香 撮影 / 西村満 スタイリスト / 山川恵未 ヘアメイク / 木内真奈美(OTIE)
衣装 / ニット¥63,800、スカート¥46,200/ともにHUNDRED COLOR<問い合わせ先>PR.ARTOS/03-6805-0258

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根矢涼香 俳優

1994年9月5日、茨城県東茨城郡茨城町という使命とも呪いとも言える田舎町に生まれる。近作に入江悠監督『シュシュシュの娘』、野本梢監督『愛のくだらない』などがある。石を集めている。

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