うつくしきアホ映画で心を空っぽに『俺たちフィギュアスケーター』【根矢涼香のひねくれ徘徊記 第15回】 2022.12.16
もう12月も中旬だなんて信じたくないが、いつのまにか小走りに季節を過ぎてきたらしい。あんなに恨めしかった太陽の灼熱が今は恋しく、お気に入りのはんてんを羽織って同じ机でキーボードを打っている。一年の終わりは何かと忙しく、次から次へと溜まる物事に頭が沸騰している。
ようやく映画を観る時間を確保できたかと思えば、少しでも悩みを解決できたらとテーマが近い映画を選んでしまう。結局現実から離れられずに、考え事をしながらストーリーが過ぎていく。こりゃいかん。
ある日、推しのおにぎり屋さんで朝ごはんを食べていたら、母の車で昔よく聞いた曲が流れてきた。わあー懐かしい~、と耳を傾けているうちに、気が付くと頭が独りでに馴染んだメロディを追っていく。束の間、ごちゃごちゃから解放されてぼーっとしていた。
よく知っているものの中ではちゃんと休憩できる。ふるさと、学生時代の友人、着古した服。映画だってきっと。かつて自分の心を空っぽにしてくれた、うつくしきアホ映画が頭に浮かんだ。
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ウィル・スペック監督、ジョシュ・ゴードン監督による『俺たちフィギュアスケーター』。私の現実と全く関係ないし、新しい情報じゃないから安心して楽しめる。これで決まりだ。観たい気持ちが抑えられず、移動の電車の中でイヤフォンを着けて再生をしたが、たった数分で私は笑いを堪えながら小刻みに震えていた。結局家に帰ってきてからゲラゲラと声を出してもう一度鑑賞してしまった。くだらなさ、100点満点だ。
物語の主役は、幼い頃からスケートの英才教育を受けたジミー(ジョン・ヘダー)と、アンダーグラウンド育ちで氷上の不倫王と言われるチャズ(ウィル・フェレル)。張り合う二人は世界選手権で同点を獲り、両者金メダルを受賞する。腑に落ちない彼らは表彰台の上で乱闘を起こし、メダルのはく奪と男子シングルから追放されてしまう。
三年後、スケート用品店でバイトするジミーの元に、サイコ気味なストーカーのヘクターが現れ、『ペア部門』なら復帰することが出来ると伝える。組んでくれる女性選手を探しにアイスショーの楽屋を訪れたジミーは、ちょうどショーをクビになったチャズと再会、再び乱闘が起こりニュースになってしまう。
そのケンカの動きに可能性を感じたコーチは、史上初の男子ペアを組んでスケート界の歴史を変えようと奮起し、二人を大会にエントリーさせる。ゲイと揶揄されながらも、不仲な元スター選手のタッグということでマスコミの注目が集まり、特訓に励んでいく。話題をかっさらわれたペアの王者ヴォルデンバーグ兄妹は、自分たちの優勝の邪魔をさせまいと、二人の妨害を企てる・・・
中指を立て合いながら特訓する二人。存在丸ごと成人指定のようなチャズのアウトな言動も最高にキモくてクセになる。ああこれこれ、この絶妙さだよ。私の脳が喜んで、TSUTAYAでDVDで借りてきた学生時代に戻っていく。お下劣な意味も分かっていない幼い弟と、チャズのアダルトな歌を口ずさんだものだった。
非道徳、万歳。昔あり得ないスキージャンプのCGアニメが流行し、家族で笑っていた記憶があるが、それの実写フィギュアスケート版のような技が連続で繰り広げられ、謎の感動まで訪れて悔しい。
格式高いフィギュアスケートという題材にふんだんに盛り込まれた下ネタの数々。正反対に見えるものが混ざり合うからこそ、異色の面白さが生まれる。伝統的な国際競技への冒涜だ!と叫ばれかねないこの映画に、冬期五輪・トリノ大会女子フィギュアで銀メダルを獲得したサーシャ・コーエンをはじめ、25人ものスケート選手たちがノリノリでカメオ出演しているのだから、ちゃっかりすごい。
スポ根コメディとして描かれながらも、ヴォルデンバーグ兄妹による妨害の描写は、アメリカのショービズ界で起こっていたいざこざを元にしたブラック・ジョークでもある。ペア=男女という観念を壊し、こんな世界だったら楽しそうだというフィクションならではの希望が見えてくる。なにより、撮影現場が楽しそうだ。
原題は"Blades of Glory"。栄光の刃。 Bladesはアイススケート用シューズの刃のことを指すのだろうが、プロペラなどの回転する翼の意味もある。氷上でトリプルアクセルを決めて、そのままどこまでも飛び立っていってしまいそうな二人を想像できる、良いタイトルだ。
自分がよく知っているけれど知り尽くしていなかったものを掘っていく楽しさは、大人になったから知れたことだ。寒い日々、たまには家に籠り、作業の手も脳内も休めて、くだらないことに身をゆだねよう。
根矢涼香
ねやりょうか|俳優
1994年生まれ。戸田彬弘監督による新作映画『散歩時間〜その日を待ちながら〜』が12月9日から公開される。初めてのお笑い芸人役だ。
文 / 根矢涼香 撮影 / 西村満 スタイリスト / 山川恵未 ヘアメイク / 木内真奈美(OTIE)
衣装 / ニット¥63,800、スカート¥46,200/ともにHUNDRED COLOR<問い合わせ先>PR.ARTOS/03-6805-0258
今回の記事を含む、ミニシアター限定配布のフリーマガジン「DOKUSOマガジン」12月号についてはこちら。
⇒DOKUSOマガジン12月号(vol.15)、12月5日発行!表紙・巻頭は三浦透子!毎熊克哉の新連載スタート!
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1994年9月5日、茨城県東茨城郡茨城町という使命とも呪いとも言える田舎町に生まれる。近作に入江悠監督『シュシュシュの娘』、野本梢監督『愛のくだらない』などがある。石を集めている。