生き急ぐ毎日に“たそがれ”を ー 映画『めがね』【根矢涼香のひねくれ徘徊記 第14回】

根矢涼香


休みの日に休むのが下手くそで、度々私は静かにパンクをしている。パンクロックのパンクではなく、タイヤが裂けて空気が出ていってしまう方である。

今日だって、オフだからと張り切って地方へ農作業の手伝いに行こうとしたら、前夜から身体が布団にロックされてしまった。自分の元気メーターが赤ランプなのに気が付けず、晴れた日の草刈りは仲間に委ねることにした。

去年までの私は少しでも何かしていないと落ち着かず、呼ばれた場所には出来るだけ行き、無理やり予定を詰め込んでは「今日も意味のあることができた」とホッとしなければ眠れない面倒なたちだった。有意義中毒。忌まわしい。気持ちはいくつも先へと爆走していくのだが、身体は一つしかない。ようやく休むことの大切さを分かってきたが、時々繰り返してしまう。ついこの間までは罪悪感で昼寝ができなかったほどだったから、今日沢山眠った私はとてもえらい。

薬箱の中に映画を仕舞うことができるのなら、私はこの映画を選びたい。2007年公開、荻上直子監督の『めがね』だ。効き目のある症状はイキイソギといったところか。


イラスト / 根矢涼香

とある海辺の町にやって来たタエコは、目立たない小さな宿「ハマダ」に到着する。彼女を迎えたのは、宿の主人・ユージと愛犬・コージ、さらには不思議な笑みで存在感を放つ女性・サクラだった。タエコへのあたりが強い遅刻気味の生物教師・ハルナはなぜか「ハマダ」にご飯を食べにくる。朝ゆっくり起きたくても、サクラが先頭に立って島の子供たちと繰り広げる"メルシー体操”の音楽で眠れない。マイペースに流れる毎日と奇妙な習慣にしびれを切らしたタエコは、別の宿へ移る決心をするが…。

私は今のところは有難いことに視力が良いので眼鏡の生活に馴染みがない。題名にあるように、主要な人物らはみんな眼鏡をかけている。特別な意味はなく、タイトル決定後に彼らに「めがね」をかけさせることにしたらしいのだが、まるでこの島の暮らしに馴染むには不可欠なコスチュームであるような気さえしてしまう。朝起きて枕元に座るサクラと会話すべく眼鏡を装着するタエコを見て、自分だけの世界と他人との架け橋のように感じて、ないものねだりかもしれないけれど、なんだかいいなあと思った。

今くっきり見えすぎているものを少しだけぼやけさせたら、必要なものにしか近づかなくて済むんじゃないか、自分の性格上ちょっとだけ楽になるのではないかなあと考えてみる。全部に逐一目を凝らし、全て分かろうとするからひとりで疲れてしまうのだ。『めがね』の住人らが何をしている人なのか、何処から来て何処へ行くのかというのも、この島では忘れてしまっていい。私にとってこの映画は、世界へのピントを暈して、感じるべきものをシンプルにしてくれる1本なのである。


真面目に見える人たちが、うめぼしで顔を酸っぱくしているところや、奇妙な踊りをしているところを見るのはなぜだか嬉しくなる。荻上監督作品の人物たちはどこか可愛らしくて、ご飯はいつもおいしそうだ。小皿がかわいい朝ごはん。バーベキューとビール。伊勢海老にかぶりつく姿を見ていると、そういえば最近、ゆっくり噛みしめて食事できてなかったなあと思う。

映画のキーでもある、サクラの作るかき氷はみぞれ味だろうか。透明のシロップと、ザクザクの氷の下にはぎゅっと餡子が敷いてある。幼い頃に、祖母と一緒に小豆から餡子を練ったことを思い出した。あの海辺でつつく氷はきっとそういう、心の奥の方にしまい込んでいた、懐かしくて、素朴で、とても甘い味がするんだろう。

ただぼんやりと砂浜に腰かけて波間を目で追いかけるような時間が流れ、いつのまにか映画を観ていることも忘れてしまっている。南の海はどうしてあんなに綺麗なんだろう。

以前、星が沢山見える島を訪れたとき、真っ白で骨のような珊瑚で砂浜が埋め尽くされていた。息を飲むほどに美しいのだけれど、生き物のいる気配が全くなくて、まだ陽が出たばかりの空と海の色の境目は曖昧で、命のたどり着く場所がこんなところだったらいいなと思ったのを覚えている。「ああ死にたい」というのが口癖のハルナは度々“死”というワードを口にしているが、確かに電波も届かずお金もさほど必要でないこの島は、あの世とこの世をつなぐ場所のようにも見えるのだ。

映画の終わりには、張りすぎた背が程よく緩み、萎んだ心は水を得て潤っていた。だから私は、人が再び歩き始める準備をする世界なのだと思うことにする。決行できなかった予定は忘れて、実家の土の匂いが残るサツマイモをご飯と炊きこんで、あつあつのカボチャをつぶしてサラダを作った。栄養たっぷりの湯気が部屋の中を、身体と心を満タンにする。自分が生きるためのことを1つずつする。それだけでいいのだと一呼吸して、めがねの彼らと浜辺でたそがれる夢を見るため、今日も布団に入ろう。


根矢涼香
ねやりょうか|俳優。1994年生まれ。最後に測った視力は2.0だった。荻上直子監督の新作『川っぺりムコリッタ』は、見えないものと生きていく、日本人の映画だった。素晴らしかったです!

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文・イラスト / 根矢涼香 撮影 / 西村満 スタイリスト / 山川恵未 ヘアメイク / 木内真奈美(OTIE)
衣装 / ブラウス¥34,100、パンツ¥27,500/ともにFumiku<問い合わせ先>PR.ARTOS/03-6805-0258

根矢涼香 俳優

1994年9月5日、茨城県東茨城郡茨城町という使命とも呪いとも言える田舎町に生まれる。近作に入江悠監督『シュシュシュの娘』、野本梢監督『愛のくだらない』などがある。石を集めている。

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