他人事ではない。コロナ禍でもがく私たちの物語『茜色に焼かれる』 - ミヤザキタケルのミニシアターで会いましょう

ミヤザキタケル

日本では年間1200本以上もの映画が公開されています(2019年の実績より)が、その全ての作品を見ることはどれほどの映画好きでも金銭的かつ時間的にもまず不可能です。

本コーナーでは映画アドバイザー・ミヤザキタケルが、DOKUSO映画館が掲げる「隠れた名作を、隠れたままにしない」のコンセプトのもと、海外の小規模作品から、日本のインディーズ映画に至るまで、多種多様なジャンルから“ミニシアター”の公開作品に的を絞り、厳選した新作映画を紹介します。

『茜色に焼かれる』5/21公開

©2021『茜色に焼かれる』フィルムパートナーズ

『川の底からこんにちは』『舟を編む』『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』『生きちゃった』など、活動初期から常に質の高い作品を発表し続け、日本映画界の最前線をひた走る石井裕也監督の最新作。

令和の“今”を舞台に、理不尽な現実に追いやられながらも懸命に生きる一組の母子や、周囲の人物たちとの関係性を描き、生きることの意味や価値を問う人間ドラマ。女手ひとつで中学生の息子を育てる主人公・良子を尾野真千子が演じるほか、和田庵、片山友希、オダギリジョー、永瀬正敏らが出演。

©2021『茜色に焼かれる』フィルムパートナーズ

本作を目にしていく中で、ある違和感に気が付くことになると思う。「違和感」と言うには語弊があるかもしれないが、他のどの邦画作品にも存在しない感覚がこの作品には宿っている。昨年初めて緊急事態宣言が出された際、誰もが不安で包まれたあの日々を色濃く反映させたリモート映画などがたくさん生み出されたが、あの頃と今とではコロナ事情も大きく異なる。

そんな中、本作においてはコロナ禍における生活が当たり前と化した現在、僕たちが生きる“今”を色濃く反映させた作品となっている。そして、現状に近しいコロナ事情を下地とした邦画作品というものを、僕は今回初めて目にしたように思う。それ故の違和感が、いや、圧倒的な没入感が、映し出されていく人間模様を、他人事ではなく自分事として捉えていくことを可能にしてくれる。

©2021『茜色に焼かれる』フィルムパートナーズ

理不尽な事故で夫を亡くし、ある理由から賠償金は受け取らず、女手ひとつで我が子を育ててきたものの、経営していたカフェはコロナの影響で破綻。施設に入院する亡き夫の父親の入院費や、その他諸々の支払いに追われ、花屋と夜の仕事で日夜働き詰め。そんな状況に置かれた主人公・良子の生き方を、あなたはどのように感じるだろう。

たとえ境遇は違えど、誰もがコロナによって大なり小なり生活に変化が生じたはず。既に窮地を脱した人もいれば、職を失ったり生活が困窮したりと、状況は人それぞれ。人によっては良子の境遇に自身を重ねられる場合もあるだろうし、そうでなくとも、なり得た可能性を垣間見ることになる。つまりは、これまでコロナがもたらした数多くの異変を思い返しながら、彼女の生活に生じる様々な出来事を目にしていくことになる。

©2021『茜色に焼かれる』フィルムパートナーズ

劇中、夏目漱石の作品の一文が引用されるシーンがある。この人生を真っ当に生きていこうとすれば、「死ぬか、気が違うか、それでなければ宗教に入るか」しかないと。これは極論ではあるが、あなたはこの問いに答えることができるだろうか。「人は何故生きていかなければならないのか」。答えられる人もいると思う。しかし、それは当人にとっての答えであり、万人共通の答えではない。

理屈や道理を説くことは容易いが、誰もがそれらを果たせるとは限らない。厳しい現実の数々に直面していく良子の姿を目にしていく過程で、自ずと「生きる理由」や「死ぬ理由」について思考を巡らせる時間がやってくる。

「死んだ方がマシ」。自分に対しても他人に対しても、そんな思考に囚われてしまう瞬間が訪れることがあると思うが、できることなら誰だって生きていたい。ただ、そういった希望を見出しにくく、絶望へと至る理由ばかりを見出しやすいのが今の世の中。数多の不確定要素を抱える社会を僕たちは生きている。

©2021『茜色に焼かれる』フィルムパートナーズ

その中で、生きるにしても死ぬにしても、明確な答えや確信を得られた上で行動を起こすことができたのなら、それはとても価値のあることではないだろうか。描かれていく様々な人間模様を通して、生きていくことは、確固たる「理由」を見つけ出していくための時間なのかもしれないと、そして、人生の大半を費やすか、極限の状況にまで追い詰められなければ、その「理由」は得難いものであるのだということを教えられた気がした。

誰にとっても重要で重苦しくもある題材を扱っていながらも、時折笑えてしまう場面が盛り込まれているのが本作のスゴいところであり、それがまた人生そのものを現しているかのよう。

コロナ禍における現実を生きる良子の心に寄り添うことで、多くを見据えることのできる作品です。あなたにとっての大切な一本に、劇場へ足を運ぶための一本に、より映画が大好きになる一本に巡り会えることを祈っています。それでは、ミニシアターでお会いしましょう。

『茜色に焼かれる』
5/21(金)、ユーロスペース、TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開
監督・脚本・編集:石井裕也
出演:尾野真千子 和田 庵 片山友希 / オダギリジョー 永瀬正敏
『茜色に焼かれる』フィルムパートナーズ:朝日新聞社 RIKIプロジェクト
製作幹事:朝日新聞社 制作プロダクション:RIKIプロジェクト 
配給:フィルムランド 朝日新聞社 スターサンズ
2021年/日本/144分/カラー/シネマスコープ/5.1ch R-15+ 
©2021『茜色に焼かれる』フィルムパートナーズ  akaneiro-movie.com

2021『茜色に焼かれる』フィルムパートナーズ

ミヤザキタケル 映画アドバイザー

WOWOW、sweetでの連載のほか、各種メディアで映画を紹介。『GO』『ファイト・クラブ』『男はつらいよ』がバイブル。

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