内山拓也監督「寓話ではなく、願いや祈りを込めた、社会の扉としての映画」 『若き見知らぬ者たち』インタビュー

DOKUSOマガジン編集部

 新時代の青春映画として大きな反響を呼んだ『佐々木、イン、マイマイン』(2020年)の公開から4年──。主演に磯村勇斗、共演に岸井ゆきの、福山翔大らを迎えた内山拓也監督の最新作『若き見知らぬ者たち』が、いよいよ公開となる。日本、フランス、韓国、香港の合作による本作は、“若者ケアラー”として日々を生きる主人公・風間彩人と、彼を取り巻く者たちの姿を捉えた作品だ。内山監督に話を聞いた。

外展開を意識したモノづくり

──本作の企画の経緯からお聞かせください。

「『佐々木、イン、マイマイン』以前にさかのぼるのですが、はじめて手がけた『ヴァニタス』(2016年)が国内外で上映されたことで、たとえ扱う言語が違ったとしてもこんなにも誰かに届き、反応が返ってくるのだということを知りました。自分が意図していない部分が観客のみなさんに広がり伝わっていくのも映画の面白さですよね。ただ同時に、自分が成し得ようとしたものが違う受け取られ方をするのだという実感もあって。これはもちろん、悪いことではありません。当時はまだ自分なりの届け方というものや、インディペンデント性とは何なのかを分かっていませんでした。そういったところで学び、得たものから、エンターテインメント作品を立ち上げられるのではないかなと。そんなことを考えながらこの作品の脚本を書きはじめ、友人から聞いた話をエピソードとして盛り込みました。そうしていまの脚本の原型となるものができたのが2017年頃。ですがこれをどう世に出すべきか分からないまま、先に『佐々木、イン、マイマイン』が誕生しました。

──そのような流れだったのですね。

「はい。コロナ禍で思いどおりに映画を届けられないことにフラストレーションを抱えていたところ、『佐々木、イン、マイマイン』をご覧になった多くの方からお声がけいただき、そのうちのひとりが『若き見知らぬ者たち』のプロデューサーになってくださいました。そこで“届ける”ことを意識したときに、海外展開を重視したモノづくりがはじまりました」

──日本のマーケットに向けたものではなく、はじめから海外のマーケットを意識されていたんですね。

「日本では映画だけでなく、音楽もアニメもゲームも、その多くがごくかぎられたマーケットの中で消費されているんですよね。そのいっぽう、日本のこの市場は小さいとはいえ、自国だけでも成り立つくらいのパイがある。だからある種の循環はすでにできているわけですが、もっと大きな市場が海外に広がっていることをここ数年で学びました。僕としては、はじめから海外の人々に観てもらえる仕組みに載せていかなければならないなと。本作だけでなく、日本の作品が当たり前に世界中で受け入れられていく仕組みが必要だと思ったんです。クリエイティビティとビジネスが両立している状態が健全ですし、そうあるべき。なので本作の場合は、制作がはじまる前に配給会社と手を組み、企画趣旨や脚本を共有しつつ、海外で配給してくださる方々とも手を取り合いました。その結果、4カ国の合作映画となったんです」

──対話を重ねながら実際のクリエイションに入っていったわけですね。そこでのイニシアティブはどうなっていたのでしょうか?

「非常に僕の意見を尊重してくださいました。みなさんには前作の『佐々木、イン、マイマイン』を評価していただいていましたし、今作の脚本に対しても好印象だったようで、とにかく監督である僕が力を発揮できるよう、尽力していただいたように思います。この映画を売り出すための視点──つまりクリエイティビティよりもビジネスを重視するような意見というのは一切ありませんでした」

場人物たちの行動のあとに、物語がついてくる

──本作の脚本に着手したのは8年ほど前とのことですが、物語の着想についてお聞かせいただけますか?

「アートとエンターテインメント、このどちらかだけに振り切ることのない作品にしたいという思いが前提としてまずありました。そのうえで、家族の物語にしたいなと。なおかつ、主人公が交代していくような物語にしたいなと。いや、正確には書いていくうちに、そういった物語が求められてくることになるんじゃないかと思ったんです。主人公が去ったあとにも残る何かを、ほかの人々がつないでいくような物語が」

──本作は“若者ケアラー”の問題がモチーフのひとつになっていますが、主題に関してはいかがですか?

「“若者ケアラー”の問題は『佐々木、イン、マイマイン』でも描いていますが、本作ではより表面化しています。ですが僕としては前作と同様に、主題のように扱ったつもりはありません。前作では映画を批評していただく中で、“ヤングケアラー”の問題を内包していると知りました。なので本作でも“若者ケアラー”の問題を浮き彫りにしようという意図はなく、ある主人公とその家族の物語を書いていった結果、自然とそうなったんです。登場するキャラクター同士が互いに引き寄せ合い、物語が紡がれていきました。登場人物たちの行動のあとに、物語がついてくるんです」

──キャラクターがひとりで歩き出す感じなのでしょうか?

「そうだと思います。僕たちは生きていて、ふと自分の歩んできた道を振り返ったときに、物事の辻褄が合ったりすることがありますよね。自分自身、納得できるような。それと同じで、主人公の彩人(磯村勇斗)をはじめとする彼ら彼女らに起こるすべてのことは、決してこちらの都合ではありません。生きている者の日常を描こうとするかぎり、そういうふうにしか物語は成立しないのではないかと僕は考えているんです」

──ことフィクションとなると、観客はどうしても物事の整合性を求めがちですよね。

「本作で銘打っていたのは主人公の“交代劇”ですが、物語のメインとなる人物が交代していくというよりも、主人公がまとっていた触ることのできない輪郭のようなものが最後の最後まで残り、それが人々に伝播していくものをイメージしていました。なので物語や出来事の因果関係みたいなものは、そもそも言語化するのが難しいんです。彩人と壮平(福山翔大)の兄弟の物語が中心にありますが、これは最初から想定していたわけではありません。脚本を書いていて、彩人の次に現れたのは母親(霧島れいか)でしたから」

──まさにキャラクターがひとりでに歩き出し、この物語の世界を構築していくと。

「そこでこれは“記憶”にまつわる話なのだと気がつきました。母親が抱える病気も人間の記憶に関係するもので、ほかの登場人物たちも家族の記憶に囚われています。いまは時代が変化するスピードが速く、ひとくちに“家族”といっても、そこで想起されるものは違ったりしますよね。果たしてどういったものが家族と呼べるのか。あるいは家族らしきものをどのように扱っていくべきか。脚本を書きはじめた頃と比べると、時代の変化とともに僕自身の家族観も変化していきました。そしてこれからも変化し続けていくと思います。でも映画制作というのはどこかで線を引いて、物語を終わらせることでもある。本作に見られるかたちの線引きを、登場人物たちが行った感覚ですね。何年後かにこのフィクションと僕たちのリアルを見つめ直した場合、もしかしたらまったく別のキャラクターが登場するかもしれないですし、あるいは誰かがいなくなっているかもしれません」

──劇中では彩人が非常にショッキングな事態に見舞われますが、あれは実際に起きた事件をモチーフにしているんですよね?

「そうなんです。本作の物語の着想のひとつなのですが、僕の身近なところで実際に起きた事件ですし、距離感には気をつけました。作劇によって生まれるフィクショナルなエピソードと実話の境目をどんなバランス感覚で進み、どのようにコントロールしていくのか。全部を掴もうとはせず、半分くらいだけ手にしたまま、あとは流れに任せるように掘り下げていければと思っていました。本作が描いているエピソードと同様に、実際に起きた事件も信じ難いものなんです」

会の扉としての映画

──おっしゃるように、脚色されているとはいえ、このような事件が実際にあったことに驚きました。

「ですよね。でも、本当にあった事実は変えられない。目を背けたくなるような出来事だからこそ、そこに嘘はつけません。ただ、ある種のフィクション性は担保したいと考えていました。このフォーマットはあくまでも映画ですから、リアリズムに寄り過ぎないように。嘘なく描かなければならないいっぽうで、フィクショナルなダイナミズムにリアリズムを織り交ぜることが、もっとも観客のみなさんに届くのではないかと思いました。だから、“これは映画だ”と思っていただいてかまいません。リアリズムに寄り過ぎると、報道性ばかりが強調されてしまうとも感じたので」

──フィクション(=劇映画)だからこそできることですね。

「はい。フィクションにはフィクションだからこそできることがあるはず。フィクションだと思って開いた扉の先で、観客の一人ひとりが、個々の人生にこの物語を重ねることができるのではないでしょうか。実在の事件を扱うのであれば、ドキュメンタリーにすればいいという考えもあるかと思います。が、僕はアートとエンターテインメントでできることを、アートとエンターテインメントだからこそできることを、追究したい。これは寓話ではありません。願いや祈りを込めた、社会の扉としての映画です」

メージの共有と、本作ならではの現場づくり

──ここまでお話しいただいた内山さんの想いのようなものは、座組のみなさんとはどのように共有していったのでしょうか?

「映画制作において僕が未熟者であることへの自戒も込めて、何かを装って伝えることはしませんでした。まず僕が、僕自身を信用しないことです。自分の中にあるまだ知らない感情に触れてみるのが大切なのだということを念頭に置いていたので、たとえば役者さんに対しては、まだ見ぬ、名前も付けられていない感情を、一緒に追い求めたいのだとお伝えしました。今回ご一緒したみなさんは、それができそうだと直感的に思った方々です」

──風通しのいい現場であったことが想像できます。

「ええ。ただ僕は監督として、みなさんが乗っている船を動かしていかなければならないので、何かを選択・決断する際の方法やスピードは意識していました。スタッフでもキャストでも、現場で誰かが何かしらの疑問や違和感を抱いた際には、相手が納得するに足るだけのものを返さなければなりません。そのいっぽうで、僕が提示するものでみなさんが思考停止してしまわないように、つねに余白を残すようにしていました。これもまた、僕が僕自身を信じていないからこそだったりします」

──内山さんの監督としてのスタンスが分かるお話です。

「映画の制作現場は相当な数の人々によって回っているので、そこで何を選び取るのか。その判断の早さが重要になってきますね。でも編集に関しては、とことんまで追求するスタンスです。端的にいえば、編集では自分を信じています。もちろん、誰かの意見には耳を傾けますし、それが面白いと感じれば積極的に取り入れますが」

──そもそも本作では、これまでとはまったく違う取り組み方をされたのですよね?

「はじめてご一緒する方がほとんどでしたし、リハーサルもしなかったり。これらの選択も、余白を生み出すことにつながっています。そんな状態で現場に臨むことに怖さもありましたが、そういうスタイルでモノづくりをする集団でもあったんです」

──商業デビュー作である『若き見知らぬ者たち』は、内山さんのキャリアにおいて、どのように位置付けられそうでしょうか?

「『佐々木、イン、マイマイン』から4年が経ちましたが、いまになってようやく見えてきたものがあったりしますね。なので、4年くらい経たないと分からないかもしれません。僕のキャリアにおいて現段階で位置付けることは難しいのですが、本作で商業デビューをしたというのがどういうことなのか、あとで振り返ったときに分かってくるのではないでしょうか。いま再び『佐々木、イン、マイマイン』を撮ることができないように、4年後に『若き見知らぬ者たち』を撮ることはできないと思います。いまこうして闘っている時間は、やがて時が経てばもう取り戻せない。これから続いていく監督人生の中で、重要なデビュー作になるのではないかと思います。企画・制作・宣伝・公開に至るまで、大切な時間を焼き付けることができた作品なんです」

『若き見知らぬ者たち』
監督・脚本:内山拓也

出演:磯村勇斗、岸井ゆきの、福山翔大、染谷将太
伊島空、長井短、東龍之介、松田航輝、尾上寛之、カトウシンスケ、ファビオ・ハラダ、大鷹明良
滝藤賢一/豊原功補、霧島れいか

10月11日(金)より、新宿ピカデリーほか全国公開
配給:クロックワークス
©2024 The Young Strangers Film Partners

公式HP:https://youngstrangers.jp/

風間彩人(磯村勇斗)は、亡くなった父の借金を返済し、 難病を患う母、麻美(霧島れいか)の介護をしながら、 昼は工事現場、夜は両親が開いたカラオケバーで働いている。
彩人の弟・壮平(福山翔大)も同居し、同じく、 借金返済と介護を担いながら、 父の背を追って始めた総合格闘技の選手として日々練習に明け暮れている。
息の詰まるような生活に蝕まれながらも、 彩人は恋人の日向(岸井ゆきの)との小さな幸せを掴みたいと考えている。 しかし、彩人の親友の大和(染谷将太)の結婚を祝う、 つつましくも幸せな宴会の夜、 彼らのささやかな日常は、思いもよらない暴力によって奪われてしまう。

内山拓也
うちやまたくや|監督
1992年、新潟県出身。文化服装学院入学後、学業と並行してスタイリスト活動を始めるが、その過程で映画の撮影現場に触れ、映画の道を志す。23歳で初監督した『ヴァニタス』(16)がPFFアワード2016観客賞を受賞したほか、香港国際映画祭にも出品を果たし、批評家連盟賞にノミネートされる。俳優の細川岳と共同で脚本を書いた『佐々木、イン、マイマイン』(20)で劇場長編映画デビュー。2020年度新藤兼人賞や第42回ヨコハマ映画祭新人監督賞に輝く。King Gnu「The hole」、SixTONES「わたし」などのMV演出や『余りある』(21)『LAYERS』(22)などの短編や広告映像を手がけて話題を集め続け、「2021年ニッポンを変える100人」に選出される。『若き見知らぬ者たち』は待望の商業長編初監督作となる。

取材・文 / 折田侑駿

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