和田光沙×外山文治─命を震わせて咲いている

外山文治

 和田光沙は命を震わせてスクリーンに咲く花だ。「しっかりと泥水をすすってきた」と本人は笑うが、咲かずに散る俳優も多い中で確かに花開いた映画界になくてならない女優だ。観客の暮らしの中へと溶け込んでいく飾らない存在感と、心を鷲掴みにして感情を掻きむしる芝居を武器とする稀有な表現者である。映画『岬の兄妹』で演じた身体を売る自閉症の妹役の圧倒的な佇まいを始め、映画『由宇子の天秤』、『誰かの花』など近年のどの役柄も忘れ難いものであった。

「大学卒業後に運送業のドライバーに就職しました。物心ついた時からお芝居はやりたかったのですが、どうすればいいかが分からなかった。でも自分で動かないとダメだと気づいたので仕事を辞めて女優を目指しました。自主映画もピンク映画もなんでもやりました。なんでもやらなきゃ。人より遅いスタートだし、自分はとにかくなんでもやる」

 現代の優秀な俳優の多くは幼少の頃から活動を開始している。俳優業はある意味で競技化され、英才教育こそが活躍の重要な鍵になってきた。では、そうでない人間はどう生き延びるのか。名もなき花は命を震わせて咲く。「泥水」でも花は立派に育つ。和田光沙が演じる市井の民の説得力は、彼女が日常を懸命に生きた人生の証でもある。

「ここ数年は作品にも恵まれて、いい環境で芝居をさせてもらっている感覚があります。ピンク映画に出演していた頃は割と個性派で怪奇系も演じましたが、時代とともに求められる役柄も変わってきました。私は普段の生活で自分の意思を主張できるタイプではないので、役柄になりかわって感情を表現することが楽しいですね」

 人生のターニングポイントとなる作品は自分では選べないという。片岡礼子や尾野真千子に憧れ、とにかく演技の場所を求めて地道に活動してきた。彼女からは表現に身を捧げる信仰のようなものさえ感じられる。努力ではなくロジックで出世しようとする若手俳優とは一線を画す、まるで映画の神様への信仰心である。

「一年前に子どもが産まれて、感情がせめぎあうこともあります。物理的な時間もなくて最初は焦りましたが、いい意味で諦めもつきました。すべてを受け入れて、自分にできる最大限のことをやるしかないんですよね」

 自らの不自由を受け入れたことで新たな自由を獲得した彼女に、気鋭の監督たちがオファーを出す。近年はとりわけ業を背負わされた役柄を託されるようになった。これまでに出会い、見聞きしてきた者たちの人生の断片が演技に映し出せているのだとしたら嬉しい——和田光沙は恐縮したような表情で語る。かつて配送ドライバーだった彼女が地図を持たずに手探りで歩いてきた道に、近道はなかったかもしれない。それでも愚直に演じ続けた彼女に映画の神様は光を与える。いつしか彼女の歩く道筋は映画の本道へ繋がっていったのである。

「演技を続けることが今の目標です。賞が欲しいとかは全然ないんです。もちろんそれくらいの闘魂があればいいのですが、ただ私はいい作品に出続けたいです」

 これからの映画界を支える女優はどこまでもひたむきだった。

外山文治
そとやまぶんじ|映画監督
1980年9月25日、福岡県生まれ宮崎県育ち。長編映画監督デビュー作『燦燦ーさんさんー』で「モントリオール世界映画祭2014」より正式招待を受ける。2020年、豊原功補、小泉今日子によるプロデュース映画『ソワレ』を公開。「第25回釜山国際映画祭」【アジア映画の窓】部門に正式出品される。2023年公開の最新作『茶飲友達』は都内1館のスタートから全国80館以上に拡大公開され話題となる。

桃果
ももか|俳優
2000年8月25日生まれ、神奈川県出身。小学生の時より『ニコ☆プチ』(新潮社)専属モデルを務め、『Rの法則』(NHK総合)等に出演。その後CMをはじめ、多くのドラマ、映画に出演。映画『消せない記憶』では主演を務め、その他の主な出演作に『人狼ゲーム デスゲームの運営人』、ドラマ『美しい彼』(MBS・TBS系)シリーズ、映画『唄う六人の女』など

撮影・文 / 外山文治

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外山文治 映画監督

1980年9月25日生まれ。福岡県出身。短編映画『此の岸のこと』が海外の映画祭で多数上映。長編映画監督デビュー作『燦燦ーさんさんー』で「モントリオール世界映画祭2014」より正式招待を受ける。2020年、豊原功補、小泉今日子によるプロデュース映画『ソワレ』を公開。「第25回釜山国際映画祭」【アジア映画の窓】部門に正式出品される。

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