福士蒼汰「映画人としての役者のありかたに触れられた気がしました」 『湖の女たち』インタビュー

DOKUSOマガジン編集部

 福士蒼汰と松本まりかがダブル主演を務め、大森立嗣監督が手がけた『湖の女たち』。作家・吉田修一による同名小説を原作とした本作は、湖のほとりでいくつもの人生が交錯するヒューマン・ミステリーだ。介護士の女性と倒錯的な関係に陥る若手刑事を演じた福士は、これまでとはまったく異なるアプローチで撮影に臨んだのだという。そんな彼に本作の撮影現場で得たものについて語ってもらった。

映画人としての役者のありかたに触れられた気がしました

──本作で福士さんが演じた濱中圭介は若手の刑事であり、家庭がありながら介護士の女性と倒錯的な関係に溺れていくキャラクターですね。彼に対してどのような印象を抱きましたか?

「もともとの彼はごく普通の人間だったと思うんです。でも年齢を重ね、刑事として生きていく中で、彼の正義感は揺らいでいった。劇中で起きる事件に関して介護士の中から犯人として検挙するように上司から圧をかけられ、心のどこかには抗いたい気持ちがまだ残っているものの、実際に行動に移せるほどではない。パワハラにさらされては正義感を削がれていったのではないかと。そのような日々を過ごす中、彼は事件を通して介護士の佳代と出会い、自身の欲望や感情というものに素直になっていく。そんな人物だと捉えていました」

──圭介は非常に抑圧された環境で生きていますよね。

「彼には家庭があって、もうすぐ子どもが生まれます。たぶん圭介は、何かしらの枠組みの中に取り込まれてしまうのが怖いのだと思うんです。たとえば30代に入ると、いろいろと周囲から求められるものがそれまで以上に出てきますよね。他者との関係よりも自分の中にある軸のようなものを大切にしたいいっぽう、やはり社会に適応していくことの重要性も感じます。圭介はそこで葛藤しているのかなと。社会が求める自身の役割を理解しつつ、自分への期待感もまだ残っている。佳代との出会いによって欲望を爆発してしまったのだと思います」

──等身大な人物として捉えていたのですね。具体的にどのようにして役を立ち上げていったのでしょうか?

「まさに等身大の存在で、僕としては圭介のことを異質な存在だとは思っていませんでした。彼はどこにでもいるひとりの人間。でも、だからこそ圭介を演じる難しさもありました。劇中では彼のバックグラウンドはほとんど描かれませんし、原作小説にも描かれてはいない。いったいどのような人生を歩み、現在の彼が形成されたのか。そのヒントが極めて少ない。でも、あまりそこを考えすぎなくて良いのかもしれないと途中から思うようになりました。家庭があることや上司からの圧力を感じていることなど、圭介の置かれている状況だけをしっかり押さえて自分の中に落とし込んで、あとは目の前で起きることに集中しようと考えました」

──とにかく作品の世界観の中に存在することを意識されていたと。

「そうなんです。現場で意識していたのはそれだけでした。あとは大森監督のディレクションを信じようと。僕ひとりの頭の中であれこれ考えて作っていっても、実際の現場では何が起こるか分かりませんから。用意したものはいったん現場では置いておいて、監督や共演者の方々とのやり取りにとにかく集中していました」

──大森監督の演出はどのようなものでしたか?

「具体的な演出は、最初の3日間だけだったように記憶しています。でもこの3日間がとても重要だった。これまでの僕はエンタメ性の強い作品に出演することが多かったので、どうしても分かりやすいお芝居をしてしまいがちでした。たとえば、一つひとつの動作に合わせて、“よいしょ”というような声を出してしまったり。監督から自然に演じてほしいと言われたのですが、僕にとってはこちらのほうが自然だったので、最初は言われていることの意味を理解しきれませんでした。役の置かれている状況を伝えなければと、つい説明的なお芝居をしてしまうんです。エンタメ作品では必要な場合もありますが、こういった作品では嘘のように映ってしまう。そのことを撮影の序盤で学びました」

──これまでとは違うお芝居の方法論を学ばれたと。

「はい、引き算のお芝居です。どうしても声を発したり動作を大きくしたりして分かりやすくすることのほうが、演じる側の心理としても安心できるんです。そこには何かを表現していることの強い実感がありますから。でも何もしないでただそこにいるだけで成立する表現もある。ずっと前から頭では分かっていたのですが、実際のお芝居に反映させることができたのはこれがはじめてでした。理解したからと言ってできるものでもありません。この方法論を自分の中に落とし込まないといけない。そのきっかけが、大森さんとの出会いで生まれました。これが本当の意味で腑に落ちたとき、映画人としての役者のありかたに触れられた気がしました」

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『湖の女たち』
監督・脚本 / 大森立嗣
出演 / 福士蒼汰、松本まりか、福地桃子、近藤芳正、平田満、根岸季衣、菅原大吉、土屋希乃、北香那、大後寿々花、川面千晶、呉城久美、穂志もえか、奥野瑛太、吉岡睦雄、信太昌之、鈴木晋介、長尾卓磨、伊藤佳範、岡本智礼、泉拓磨、荒巻全紀、財前直見、三田佳子、浅野忠信
公開 / 2024年5月17日(金)より、TOHOシネマズ日比谷ほか
©2024 映画「湖の女たち」製作委員会

琵琶湖近くの介護療養施設、もみじ園で100歳の老人が不審な死を遂げた。殺人事件とにらんだ西湖署の若手刑事・濱中圭介(福士蒼汰)とベテランの伊佐美(浅野忠信)は、容疑者と見なした当直の職員・松本(財前直見)への強引な追及を繰り返す。その捜査の陰で圭介は妊娠中の妻がいながら、取り調べ室で出会った介護士・豊田佳代(松本まりか)への歪んだ支配欲を抱き、佳代も極限の恐怖のなかで内なる倒錯的な欲望に目覚めていく。一方、東京からやってきた週刊誌記者・池田(福地桃子)は、17年前にこの地域で発生した薬害事件を取材するうちに、もみじ園で死亡した老人と旧満州との関連性を突き止める。時を超えて浮かび上がったその新たな謎は、いかなる真実を導き出すのか。そして厳かに静まりかえった湖のほとりで、後戻りできないインモラルな関係に堕ちていく圭介と佳代の行く末は……。

福士蒼汰
ふくしそうた|俳優
1993年5月30日、東京都生まれ。2011年に俳優デビューして以来、数々のCM・ドラマ・映画などの映像作品を中心に活躍。近年の主な出演作に、ドラマでは、『星から来たあなた』(Prime Video)、『弁護士ソドム』(テレビ東京)、『アイのない恋人たち』(ABCテレビ・テレビ朝日系)など。海外作品デビューとなったドラマ『THE HEAD』Season2はHuluで配信中。WOWOW『アクターズ・ショート・フィルムズ4』にて初監督作品「イツキトミワ」を手掛けた。

撮影 / 西村満 取材・文 / 折田侑駿 スタイリスト / 髙橋美咲(Sadalsuud) ヘアメイク / 矢澤睦美(wani)
衣装 / ジャケット、Tシャツ、パンツ、スニーカー:エンポリオ アルマーニ

今回の記事を含む、ミニシアター限定配布のフリーマガジン「DOKUSOマガジン」5月号についてはこちら。
DOKUSOマガジン5月号(vol.31)、5月5日発行!表紙・巻頭は福士蒼汰、センターインタビューは藤原季節×義山真司×林知亜季監督!

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