安価な麦焼酎で飲りながら──『ニューヨーク・オールド・アパートメント』

折田侑駿

 さて、年が明けて2024年がやってきた。「心機一転!」といきたいところだけれど、いや、そのつもりなのだけれど、いろいろユーウツである。年を重ねるたびに社会や政治への不安から生まれる関心が強くなっていて、いつかのように映画などの娯楽作品を無邪気に楽しんでなどいられなくなってきた。これはこの世界をサバイブしていくうえでしかたのないことだし、むしろまっとうだとさえ思っている。けれども、四六時中そのようでは息がつまる。だからこの「場=『折田侑駿の映画とお酒の愉快なカンケイ』」だけは私自身が楽に呼吸ができる場所として守り続け、自然体でいられる飲み屋のように、これからも自由に振る舞っていきたいものだ。

 さて、ここに『ニューヨーク・オールド・アパートメント』という映画がある。スイスで生まれ、現在はウクライナのキーウで暮らしているマーク・ウィルキンス監督の初の長編作品だ。幸せを夢見て祖国のペルーからニューヨークに移り住んだ双子の兄弟・ポール(アドリアーノ・デュラン)&ティト(マルチェロ・デュラン)とその母・ラファエラ(マガリ・ソリエル)の物語である。しかし、現実は厳しい。兄弟は語学学校に通いながら配達員として働き、母はウェイトレスの職に就いているが、そもそもこの親子は不法滞在者なのだ。異郷の地においては市民権がない。だから彼らは自分たちのことを「透明人間」と呼ぶ。たしかに存在しているはずなのに、ここにこの親子の快適な居場所はないのだ。だが、ポールとティトはひとりの女性に恋をし、ラファエラもまた恋をする。やがて親子の日常は少しずつ変化していくーー。

 さて、冒頭に「年が明けて2024年がやってきた」などと記したが、これを書いているいまはまだ2023年である。師走はいつも経済的に苦しい。紙パックで売られている安価な麦焼酎をお湯割りでちびちび飲りながら、これを書いている。「来年こそはオレだって、パァーッと一花咲かせてやるぜ!」なんてことをぼんやりと夢想しながら。まあ、それは無理だろう。それに、花火のように散りたくもない。しぶとく養分を求め、どうにか天へと伸びていきたいものである。

 さて、個人的な話になるのだけれど、東京にやってきてから10年が経った。異郷の地に馴染むのにはずいぶんと時間がかかったものだ。目まぐるしく変わる環境にふっと飲み込まれたり、気圧されたり。思いがけず誰かを傷つけてしまったことだって何度もあるだろう。あらゆる人間がやってくる大都市・東京なのだ。自分が他者から見えていない存在だと感じたことは何度もあるし、私だってどこかの誰かの存在を無視してしまったことがあるに違いない。毎日、自分のことだけで精一杯だ。たぶん、あなただってそうだろう。

 さて、というか、やれやれ……。いまこれを書いているのは2023年の私なのだが、おそらく2024年頭の私は自分の頭を抱えながら「やれやれ」と言っているだろう。いくら年が変わろうとも、たった一ヶ月のうちに世界は好転などしやしない。いつまた自分のことを「透明人間」だと認識せざるを得ないかもしれないこの大都市で、ひとまず私は生活をしていかなければならない。紙パックの麦焼酎など、いや、たとえこれが高価な銘酒だったとしても、何の役にも立ちはしない。しかしこれを一緒に飲む特別な相手がいるのならばどうだろうか。そこは「心機一転!」といきたいものである。未来のことは何も分からないが、いまここに居場所だけはある。特別な居場所というのは元からそこにあるのではなく、人がつくるものだ。私は2024年も千鳥足で歩いていくことになるのだろう。ただし、この両肩を支えてくれる人々が周りにはいる。

『ニューヨーク・オールド・アパートメント』
監督 / マーク・ウィルキンス
出演 / マガリ・ソリエル、アドリアーノ・デュラン、マルチェロ・デュラン、タラ・サラー、サイモン・ケザー
公開 / 新宿シネマカリテほか公開中
配給:ジョーカーフィルムズ
©2020 - Dschoint Ventschr Filmproduktion / SRF Schweizer Radio und Fernsehen / blue

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折田侑駿 文筆家

“名画のあとには、うまい酒を”がモットー。好きな監督は増村保造、好きなビールの銘柄はサッポロ(とくに赤星)。

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