『炎上する君』におさめられた原風景

折田侑駿

 人はどこで酒を覚えるのか。そんなものはどこだっていい。酒飲みとしての人生のはじまりはいつどこにでも開かれているのだから。ただやはり、居心地のいい場所がいい。そうに決まっている。私は生まれ故郷である鹿児島で成人を迎え、そこで酒を飲みはじめた。そうして早くから酒乱として覚醒し、修羅の道を歩みはじめた。しかし、真の意味で酒を覚えたのは、東京へやってきてからの高円寺の街でのこと。ここは等身大(=ありのまま)でいられる居心地のいい街なのである。

 そんな私の原風景がおさめられた映画が爆誕した──。『炎上する君』である。本作は西加奈子による原作と同じく、高円寺を舞台とした物語が展開し、主人公の梨田(うらじぬの)とその相棒である浜中(ファーストサマーウイカ)の日常が描かれている。ユニークでチャーミングなふたりが社会のあれこれに疑問を呈し、あるがままに生きようともがき、その姿が周囲の者たちをも変えていくのだ。

 私とあなたは違う。何かしらの共通点を見出すことはできるのだろうが、ほとんどすべてが違っている。当たり前だ。私とあなたはまったく違う人間なのだから。これこそがこの世の「普通」というもの。しかし勘違いしている人が多い。みんなが同じ方向を向いているのが「普通」なのだと。本作では、梨田と浜中が自分(の体)は自分だけのものなのだと認識し、そう強く主張していく。実際の高円寺も、梨田や浜中のような者たちが集まって形成している街だ。

 飲み屋に入れば、顔にたくさんのピアスをつけたロングヘアーの男性と、露出した肌に刻まれた華やかなタトゥーが目立つ女性、スーツ姿の男性に、おそらく数十年来の飲み友関係なのであろうご高齢の男女らが狭いカウンターで肩を寄せ合っていたりする。なぜ、人々がここにいるのかといえば、この店で酒を飲むのが好きだからである。そんなことをいちいち問うのはヤボというもの。誰だって自分自身のために思い思いの時間を過ごす権利を持っているのだから。私はこのような環境の中で酒を覚えた。酒飲みとしての教養を身につけ、それは私だけの流儀となり、やがてプロ入りも果たした。そして、性差も世代差も超えて、たくさんの飲み友ができたものである。ゆるやかな繋がりではあるが、そう簡単にこの縁が切れることはないだろうと感じている。

 心も体も心地のいい状態で酒が飲める高円寺という街は、私にとっての第二の故郷だ。土砂降りの中できた水たまりでクロールをしたり、電柱に正面衝突して失神したことなど九死に一生を得るような体験も多いが、生涯忘れないであろう思い出がいくつもここで生まれた。この街でなら、私は私らしくいられる。ありのままの自分でいられる。私の体は私だけのもの。あなたの体はあなただけのものだ。しかしだからこそ、この街にやってくる大酒飲み諸氏は体に気をつけなければならない。健やかな心と体が、またほかの誰かにとって居心地のいい街を築き上げるのだから。

『炎上する君』
監督・脚本 / ふくだももこ
原作 / ⻄加奈⼦「炎上する君」(⾓川⽂庫/KADOKAWA)
出演 / うらじぬの、ファーストサマーウイカ 、⿑藤広⼤、中井友望、南久松真奈 、⼤下ヒロト、中⼭求⼀郎、當⼭美智⼦
公開 / シネクイントほかにて公開中
配給:レプロエンタテインメント
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折田侑駿 文筆家

“名画のあとには、うまい酒を”がモットー。好きな監督は増村保造、好きなビールの銘柄はサッポロ(とくに赤星)。

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