光石研「故郷が僕を助けてくれているような感覚が常にある」『逃げきれた夢』インタビュー

DOKUSOマガジン編集部

映画ファンから熱い支持を集める俳優・光石研が12年ぶりに単独主演を果たした『逃げきれた夢』。二ノ宮隆太郎監督の商業デビュー作となった本作は、人生のターニングポイントに立つ一人の男の姿を見つめたもの。脚本は二ノ宮監督による光石への当て書きで、物語の舞台は光石自身の故郷である北九州だ。長い俳優人生において記念すべき作品となった本作について話を聞いた。

“光石さんのファンらしい”という言葉とともに渡されたDVD

──本作は光石さんのことを深くリスペクトする二ノ宮監督が、光石さんが主演を務めることを想定して始まった企画ですよね。正式に製作が決まった際の心境はいかがでしたか?

光石「僕を主人公に据えた映画を撮りたいのだと聞かされたとき、やっぱりすごく嬉しかったですね。そんなお話をいただいた後に、ちょうど僕が故郷に帰る機会があって、二ノ宮監督がついてきたんですよ。本作の劇中では僕が演じる周平が思い出の地を紹介するシーンがあるのですが、それと同じことを彼に対して行いました。でもそれはもう何年も前のことで、当時は本当に企画が実現するのか分かりませんでした。ところがその後、彼がフィルメックス新人監督賞を受賞したことでこの企画が現実味を帯びてきた。こんな特殊な映画作りに関わるのは初めてです」

──ある種のシステム化された昔ながらの映画作りとはまた違う、二ノ宮監督たち新しい世代ならではの作り方だと。

光石「二ノ宮監督と僕は同じ事務所に所属しているのですが、彼が入ってくる前にスタッフから過去作のDVDを渡されたんです。“光石さんのファンらしい”という言葉とともに。それで僕は感想を綴った手紙を彼に出しました。つまり僕は二ノ宮作品を観ていたので、彼がどのような映画を作りたいと考えているのかが何となく分かっていたんです。だから故郷を案内しながらいろいろと話し、それが作品に反映されていることには驚きもありましたが、同時に納得もしましたね」

──できあがった脚本にはどのような印象を抱きましたか?

光石「僕らの世代が背負っているものは完全にバレているのだと感じました。僕らが若い頃は60代のおじさんというと未知で、言ってしまえば神に近いような存在だったんです。要するに、彼らはすべてを掌握していて、世の中のことを何もかも分かっている存在に思えていた。でも実際にこの年齢になってみて、実情は違うのだとようやく分かりました。なので二ノ宮監督には、“よくぞここまで書いてくれたな”と感謝しています。ちなみに僕は脚本が改稿されていくのに際して口出しは一切していません。単に取材を受けただけです」

──末永周平というキャラクターに関してはいかがでしょう?

光石「僕らの世代の人間を象徴するような男だなと。彼は後悔してもしきれない人生を歩んできた人間ですが、みんな似たりよったりだと思うんです。そのあたりが非常にリアルに描かれています。この周平という役は僕に当て書きしていただいたものではありますが、ほかの役を演じるときと同じように距離感は変わりませんでした。僕が二ノ宮監督に対して口にした言葉がそのままセリフとして採用されているところもありますが、だからといって自分のことを話しているような感覚にはならなかったですね。すごく客観的に取り組めたかなと。あくまで監督が書いたものなので、いち俳優としてはとにかく彼のオーダーに応えたい。これもまたどの作品でもそうです。演じる自分自身の気持ちは関係ありません。ただ、生まれ育った土地で芝居をする気恥ずかしさはありましたね」

──二ノ宮監督が作る現場はいかがでしたか?

光石「いつも彼と一緒にやっているような、若いスタッフの方々が揃っている座組でした。20人くらいの規模でしたかね。一日中ずっと映画のことを考えているような人々で、とにかくみなさんが誠意を持って映画作りに臨んでいるのが伝わってきました。こちらとしてはすごく信頼できますし、北九州の割と広範囲で撮影をしたのですが、このミニマルなチームだからこそ実現できたことなのかなと思いますね」

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光石研
みついしけん|俳優
1961年9月26日生まれ、福岡県出身。高校在学中に『博多っ子純情』(78)のオーディションを受け、主役に抜擢。以後、様々な役柄を演じ、映画やドラマ界、舞台などで幅広く活躍。2016年には第37 回ヨコハマ映画祭助演男優賞(映画『お盆の弟』『恋人たち』)、2019年には第15 回コンフィデンスアワード・ドラマ賞 主演男優賞(テレビ東京系「デザイナー 渋井直人の休日」)、出身地の北九州市より市民文化賞を受賞。現在、日本テレビ系「だが、情熱はある」、テレビ東京系「弁護士ソドム」、テレビ朝日系「帰ってきたぞよ!コタローは1人暮らし」に出演中。公開待機作に『波紋』(5月26日公開)がある。

『逃げきれた夢』
監督・脚本 / 二ノ宮隆太郎
出演 / 光石研、吉本実憂、工藤遥、杏花、岡本麗、光石禎弘、坂井真紀、松重豊
公開 / 6月9日(金)より新宿武蔵野館、シアター・イメージフォーラム 他
©2022『逃げきれた夢』フィルムパートナーズ

北九州で定時制高校の教頭を務める末永周平(光石研)。ある日、元教え子の南(吉本実憂)が働く定食屋で、周平は支払いをせず無言で立ち去ってしまう。記憶が薄れていく症状によって、これまでのように生きられなくなってしまったようだ。待てよ、「これまで」って、そんなに素晴らしい日々だったか? 妻の彰子(坂井真紀)との仲は冷え切り、一人娘の由真(工藤遥)は、父親よりスマホ相手の方が楽しそうだ。旧友の石田(松重豊)との時間も、ちっとも大切にしていない。「これから」のために、「これまで」を見つめ直していく周平だがーー。

撮影 / 西村満 取材・文 / 折田侑駿 スタイリスト / 下山さつき  ヘアメイク / 大島千穂
衣装 / シャツ¥24,200・ネクタイ¥13,200 ブルックス ブラザーズ、ジャケット¥53,900・パンツ¥34,100 SCYE BASICS、シューズ¥71,500 パラブーツ 青山店

今回の記事を含む、ミニシアター限定配布のフリーマガジン「DOKUSOマガジン」6月号についてはこちら。
DOKUSOマガジン6月号(vol.21)、6月5日発行!表紙・巻頭は光石研、センターインタビューは山田杏奈!

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