天国(パラダイス)はつくれる!──『モリコーネ 映画が恋した音楽家』 2023.1.12
©2021 Piano b produzioni, gaga, potemkino, terras
飲み助である私の日常生活にアルコールが欠かせないように、映画にはミュージックが欠かせない。もちろん、劇伴が使用されない作品だってあるし、1920年代後半までの無声映画時代には「音」そのものが無かった。そこでは画面に映る俳優の身体やカメラワーク、カットの連鎖がリズムを生み、それぞれの観客の中に固有の「音(楽)」を生み出していただろう。
けれども、映画本編以上に劇伴のほうが強い印象を残す映画だってあるのが事実だ。そしてそれが脳内で再生されたとき、まるで同期するかのように、たちまちワンシーンが鮮やかによみがえってくる。
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『モリコーネ 映画が恋した音楽家』は、そんな映画と音楽の幸福な関係をいくつも生み出した作曲家であるエンニオ・モリコーネの軌跡をたどり、その功績に迫るドキュメンタリーだ。モリコーネが音楽を手がけた名作の名シーンが次々と活写され、クリント・イーストウッドやダリオ・アルジェント、テレンス・マリックなどなど、巨匠と呼ばれる者たちが何人も登場しては、とにもかくにもモリコーネを讃える。
映画ファンには垂涎の一作であり、鑑賞中は至福の時間を得られることだろう。名曲たちを劇場のスピーカーで浴びたあとは、その余韻に浸りながらしっぽりと飲(や)りたいもの。できれば静かなバーか、いそいそと帰宅して洋酒でも開けるのがいいかもしれない。配信サービスを利用して、モリコーネの音楽とお酒を味わう優雅なひとときを愉しむもよし。あるいはヘッドホンを着用して爆音で再生し、ボトルをラッパ飲みして踊るのもいい。そこには「天国」が出現することだろう。
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ここで、少し前に私が訪れた、音楽とお酒によってつくられる「天国」について書いてみたい(ちなみに前号の連載では「地獄」について書いている)。時は2022年11月の中旬、川崎の工業地帯にある公園で開催された野外パーティーでのことだ。私は二日間、夕暮れ時から朝まで断続的に、けれどもストイックに、ただ独りで踊り続けた。
いや、“独りで”というと語弊がある。たしかに私は一人で参加したのだが、暗闇と自然の空気と音楽とをその場に集った全員で共有し、「個」と「個」は溶け合い、気がつけばそこでの私はもう、「孤(独)」ではなくなっていたのだ。国内外から集結した素晴らしいプレイヤーたちが繰り出すミュージックを、骨にしみ込むまで全身に浴び、そこにいる誰もが一様に流れる月を見上げた。いま思い返してみても、あそこは「天国」だったに違いないと感じている。
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ちなみに、飲み助の私にしては珍しく、350mlの「キリン一番搾り」を2時間に一缶だけ飲み干す程度のペースだったため、自分の日常レベルからすれば相対的に言ってシラフに等しい状態だった。まさに音楽の力を体感し、打ちのめされた夜だったのだ(正直なことを言うと、「これ野外だし、知り合いいないし、泥酔したらマジで死ぬ」と直感したため防衛本能が働いたらしい)。
来日中の海外の人気プレイヤーが音を放ち始めた瞬間、隣にいた女性が冷たい空気を「スゥーッ……」と深く鼻から吸うと、吐き出す際に目を閉じながら「ウウアアアアァァァー……」という声にならない声を漏らしていて、私は思わずウンウンうなずいてしまった。
また、何かに憑かれたように急に「らいふいずびゅーてぃふぉー!」などと喚き散らしては暴れる青年がいたが、そうなる気持ちも非常によく分かる(健全な大人の遊びの場であるため、当然ながらつまみ出されていた)。劇場の暗闇の中で、顔も名前も知らない人々と共有するモリコーネの音楽もそうだろう。そう、「天国(パラダイス)」はつくれるのである。
『モリコーネ 映画が恋した音楽家』
監督 / ジュゼッペ・トルナトーレ
出演 / エンニオ・モリコーネ、クリント・イーストウッド、クエンティン・タランティーノ
公開 / 2023年1月13日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ、Bunkamuraル・シネマ 他
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