『神田川のふたり』の軌跡を逆走し、たどり着いたビールの味

折田侑駿

©2021 Sunny Rain

川が好きだ。山間の緑を縫うように流れるものも、都会の生活者に寄り添うように流れるものも。それはいつからかそこにあって、流れは絶えず、けれども四季の移ろいや環境の変化によって姿を変える。その表情とは、じつに豊かなものである。ときに穏やかで、ときに恐ろしい。私はこれまでにいろんな川に出会ってきた。そこで過ごしたすべてがいい思い出だというわけではないが、それでも川に魅せられ続けているのだ。

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映画にもさまざまな川が登場する。たとえば、ハワード・ホークスの『赤い河』(1948年)だとか、ジャン・ルノワールの『河』(1951年)にツァイ・ミンリャンの『河』(1997年)。日本映画だと吉村公三郎の『夜の河』(1956年)や小栗康平の『泥の河』(1981年)が思い浮かぶ(いずれもより大きな「川」を意味する「河」だ)。個人的にもっとも好きな映画の中の川は、ミア・ハンセン=ラブの『グッバイ・ファーストラブ』(2010年)のラストに登場する川だったりする。

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この2022年、また好きな「川映画」が増えた。いまおかしんじ監督による『神田川のふたり』である。本作はタイトルから想像できるとおり、「神田川」を主な舞台に高校生の男女ふたりの関係を描いたものだ。中学時代のクラスメイトの葬儀の帰り道、久しぶりに神田川沿いで自転車を押していた舞と智樹。ふたりは互いに気があったものの、想いを伝えられぬまま別々の高校に。しかしいまもその気持ちに変化はないようだ。見ているこちらがやきもきしてしまうような絶妙な距離感を保ったまま、ふたりは杉並区永福町の幸福橋から神田川沿いを進んでいく過程で不思議な事態に遭遇し、やがてその源流である井の頭恩賜公園へと向かうことになる。

©2021 Sunny Rain

「神田川」の名は多くの人にとって耳馴染みのあるものだと思う。『神田川』という名曲があるし、映画ファンにとっては黒沢清監督の『神田川淫乱戦争』(1983年)がある。そして実際に東京で生活をする者にとっては、日常的に馴染み深いものだ。井の頭恩賜公園内に起点を持ち、隅田川という大河へと注ぐこの川の全長は24.6キロメートル。いくつもの町や緑地の間を流れる神田川を、私たちは知らぬ間に横切っていたり、どこかへと向かう道しるべにしていたりする。

©2021 Sunny Rain

24.6キロメートルという長さからいえば、舞と智樹がたどる道はそう大したものではないだろう(自転車に乗っていたりもするし)。しかし、この男女のやり取りがチャーミングで、道中で起こるハプニングが面白おかしく、私も同じことをしてみたくなった。飲酒とジョギングが何よりも楽しみな人間である。端(起点)から端(隅田川)まで走ることにした。劇中の進行方向とは逆である。高校時代は月に300キロも走り込み、フルマラソン経験もある私からすれば24.6キロなど「余裕じゃん」の一言。相対性理論の『弁天様はスピリチュア』を再生し、夕暮れ時の川の表情をバシャバシャ撮りながらスタートだ。しかし笑っていられるのは15キロあたりまでだった。「通行止め」の看板を目にしては泣き、迂回のために開いたグーグルマップの誤情報(?)に悪態をつきながら、約30キロの総走行距離をどうにか走り終えた。

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折れかける心を支えたのは、シャワー後のビールの存在である。正直な話、コンビニ前で缶ビールをあおりたい衝動に何度も駆られた。夏の夜空に響き渡る「プシュッ」という幻聴を耳にしたくらいだ。しかし、走り終えた。舞と智樹が神田川沿いをたどる過程で変わっていくように、私も何かしら変化したかったのだ。最大の変化は言うまでもなく、シャワー後のビールの味である。

『神田川のふたり』
監督 / いまおかしんじ
出演 / 上大迫祐希、平井亜門
公開 / 9月2日(金)より池袋シネマ・ロサ、アップリンク吉祥寺 他
Ⓒ2021 Sunny Rain


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折田侑駿 文筆家

“名画のあとには、うまい酒を”がモットー。好きな監督は増村保造、好きなビールの銘柄はサッポロ(とくに赤星)。

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