初めての骨折、焦りの中で出会ったタフな女性たちの映画『スタントウーマン』【根矢涼香のひねくれ徘徊記 第9回】 2022.6.13
初めて骨にひびが入った。とある撮影の準備で格闘技を練習していての事だった。(ご心配なく!もう回復してぴんぴんしています。)まったく威張れることではないが、小学校では放送部、中学では美術部、高校ではギター部を辞めて帰宅部という「永遠の文化部員」の私は、今人生で一番身体を動かしている。
©STUNTWOMEN THE DOCUMENTARY LLC 2020
それにしても、プロ選手やダンサーをはじめ、身体を使う職業の人たちには頭があがらない。怪我は付き物とだいうけれど、生命線となる肉体との対話やケアを怠らず、走り続ける姿は、本当にすごいと思った。自分が怪我をして思うように動けず、練習風景を眺めている間の焦り、再び立ち向かえるかどうかの途轍もない不安を、きっと彼らに比べれば私が味わったものは2センチほどに過ぎないだろうがそれでも、本番に懸ける覚悟や情熱の膨大さを想像せずにいられない。
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映画のアクションシーンの見方も変わってくる。無茶苦茶な乱闘やスリル満点の脱出。自分がそこに立っていたらと想像し、「イテ~!スゲ~!」と肩をすくませる。いまやVFXやCG技術はどんどん進化を遂げていて、どこまでがリアルでどこから作られたものなのか見分けが付かなくなるほど。しかしその中でもコンピュータでは表現しきれない数々の名場面を陰で支えてきたのが、スタントパフォーマー達である。緊張感の走るシーンに欠かせないにも関わらず、注目が集まりにくい立場ゆえ、その裏側をよく知らない。
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今回出会ったのが、その世界で戦ってきた女性たちにスポットを当てたドキュメンタリー『スタントウーマン〜ハリウッドの知られざるヒーローたち〜』だ。
イラスト / 根矢涼香
大変月並みな感想だが、もう筋肉がかっこいい!ハードなトレーニングを軽々こなしながらインタビューに答える姿に目が釘付けになる。これだけをやっていればいいというマニュアルは無く、あらゆる格闘技から、乗馬にバイク、車の運転など、どんな役にも対応できるように鍛錬を欠かさない。ある時は時速80キロで走行している車からヘリコプターにぶら下がる。またある時は止まらなくなったジェットコースターから砂場に飛び降りたり、猛スピードで運転している車を3回転させてクラッシュしなければならない。彼女達の凄技を目にし、悲鳴とも歓声ともつかない声がもれていた。命がけだ…
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1910年代のサイレント映画期は女性が活躍し、監督や映画会社を持つのも、女性の人口が多かったという。今と比べて安全策も取られていない上で危険なシーンもこなしていたが、現実には見世物としての要素も大きかったようだ。映画がお金になると分かった途端に女性たちが業界から締め出されるようになり、女優のスタントさえも男性が女装をしてこなされてしまう。再び女性スタントが台頭してきた頃には、今度はミニスカートやヒール、スタイルのラインが見える「女」の衣装を身に着けるため、体を守るサポーターを中々仕込めない。代役する女優に合わせて減量も求められるなんて、タフにしても程があるよ!と叫びたくなる。
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映画のアクションの歴史を辿りながら、自分たちの権利や地位を守る為に闘い続けてきた、歴代のスーパーウーマンのリアルな声を聞くことができる本作は、女性が男社会の職場で仕事をする意味についても考えさせてくれる。職種も時代も違えど、見覚えのある縮図に気が付く。なにも特別視してくれということではなくて、一人の人間として対等に扱ってほしい。ただそれだけなんだ。
つい熱くなってしまったが、彼女たちの活きた表情を見ているうちに力が湧いてくる。仕事を愛し、心から誇りに思っている。1つのことができるようになったときの興奮。日常から飛び出して、この目でしか焼き付けられない光景があることを思い出す。脚光を浴びなくても、彼女たちの勇姿は映画の中で輝き続けるのだ。100年先にまで光が届くように、私もくよくよしてはいられない。
根矢涼香
ねやりょうか|俳優
1994年生まれ。茨城県出身。肋骨損傷時、花粉症の私はくしゃみをするだけで命取りで、杉に殺されてたまるかと、ちゃんと治療することを決意した。早くやっておけばよかった。
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『スタントウーマン ハリウッドの知られざるヒーローたち』
監督 / エイプリル・ライト
製作総指揮 / ミシェル・ロドリゲス
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文・イラスト / 根矢涼香 撮影 / 豊田和志 スタイリスト / 山川恵未 ヘアメイク / 岡村成美(TOKYO LOGIC)
1994年9月5日、茨城県東茨城郡茨城町という使命とも呪いとも言える田舎町に生まれる。近作に入江悠監督『シュシュシュの娘』、野本梢監督『愛のくだらない』などがある。石を集めている。