凹んだ心に元気をくれる映画『川の底からこんにちは』【根矢涼香のひねくれ徘徊記 第8回】 2022.5.13
誰にでもチアアップムービーのひとつはあると思う。何度観ても元気づけられ、2度目、3度目と再会を重ねる毎に刺さるシーンも変わっていく。誰が、どの場所でどんなセリフを吐くのかさえも大体わかっているのに、泣いて笑って、過去の光に吸い込まれに行く。
漠然と、落ち込んだ時に観る邦画。ちょうどいい感情の周波数。私にとってのそれは、石井裕也監督の『川の底からこんにちは』だ。つい最近も凹むことがあって、川の底まで行きたくなった。2年スパンで観ているような気がするが関係ない。映画の再生ボタンは、私も一緒に再び生まれ直すスイッチなのだ!と思い込んでいる。
©PFFパートナーズ
主人公のOL・佐和子は上京して5年目、仕事への情熱も夢も無い。上京して5人目の恋人・健一はバツイチで子持ちの上司。どん詰まりの彼女に、父が入院したので田舎に戻って家業のしじみ工場を継ぐようにと電話がある。乗り気でない佐和子をよそに、エコライフなるものに憧れる健一の意向で、結局連れ子と3人で里帰りすることに。
初めて観たのは高校2年生の時。灰色がかった日常描写、オフビートな会話劇、そして主演の満島ひかりさんに、恋をした。気だるげに覇気なく、人間がもれ出しているセリフや佇まいに釘付けになったのを覚えている。「しょうがないじゃないですか」が口癖で、子供嫌いで、面倒くささが沸点に達すると気持ちが良いくらいに開き直っていく佐和子の姿は、自分が思い込んでいたヒロイン像をぶち破ってくれた。
志賀廣太郎さん演じるお父さんの弱弱しくも優しいはにかみ一つで、涙腺が決壊してしまう。下ネタ全開の世話焼きなおじちゃんは岩松了さん、イヤミったらしいけれど男前な包容力のあるおばちゃんは稲川実代子さん。人間味あふれる俳優陣を知るきっかけでもあり、ミニシアター系映画とのファーストコンタクトだったと思う。言葉にできないトキメキが私を貫いた。
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ちょっと待てよ。人物が運ばれていく景色に恐ろしいほど覚えを感じ、検索した私は目を丸くする。茨城県の中でもめちゃくちゃ地元で撮影が行われていた。序盤に出てくるゴリラのいる動物園は幼い頃に何度も祖母と足を運んでいたし、しじみ漁をする水源は「涸沼」という名の汽水湖で、実際にしじみの名産地だ。葬儀場も病院も、お世話になったことがある。
根矢涼香
ねやりょうか|俳優
1994年生まれ。茨城県 東茨城郡 茨城町出身。数年前に開催した自身の特集上映では、池袋シネマ・ロサを始め各地ミニシアターにて故郷のしじみを販売。結構、売れた。
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『川の底からこんにちは』
第19回PFFスカラシップ作品
監督・脚本 / 石井裕也
出演 / 満島ひかり、遠藤雅、相原綺羅、志賀廣太郎、岩松了
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文 / 根矢涼香 撮影 / 豊田和志 スタイリスト / 山川恵未 ヘアメイク / 岡村成美(TOKYO LOGIC)
1994年9月5日、茨城県東茨城郡茨城町という使命とも呪いとも言える田舎町に生まれる。近作に入江悠監督『シュシュシュの娘』、野本梢監督『愛のくだらない』などがある。石を集めている。