アカデミー賞ノミネート『アイダよ、何処へ?』ボスニア紛争をある女性の視点で描く 2021.8.27
本コーナーでは映画アドバイザー・ミヤザキタケルが、DOKUSO映画館が掲げる「隠れた名作を、隠れたままにしない」のコンセプトのもと、海外の小規模作品から、日本のインディーズ映画に至るまで、多種多様なジャンルから“ミニシアター”の公開作品に的を絞り、厳選した新作映画を紹介します。
『アイダよ、何処へ?』9/17公開
©2020 Deblokada / coop99 filmproduktion /Digital Cube / N279 / Razor Film / Extreme Emotions / Indie Prod / Tordenfilm / TRT / ZDF arte1
ベルリン国際映画祭金熊賞を受賞した『サラエボの花』などで知られるヤスミラ・ジュバニッチ監督作。ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争末期の1995年7月に起きた戦後ヨーロッパ最悪の集団虐殺事件「スレブレニツァ・ジェノサイド」へと至るまでの過程を背景に、国連保護軍の通訳として働く主人公アイダ(ヤスナ・ジュリチッチ)が、極限状態の中で夫と二人の息子の命を守るべく奔走していく姿を描いている。
戦争や虐殺となると、僕たちはつい第二次世界大戦やホロコーストを連想しがちだが(それ自体は悪いことだとは思わないが)、全世界規模でないとはいえ、第二次大戦以降も紛争・内戦・虐殺の類いは起きており、本作において描かれることはまさにその一つ。
ボシュニャク人・クロアチア人・セルビア人と、それぞれ出自や宗教の異なる3つの民族からなる国“ボスニア・ヘルツェゴビナ”。ユーゴスラビアからの独立や国の在り方を巡り、独立を推進するボシュニャク人・クロアチア人と、独立に反対するセルビア人との間で対立が生じ、泥沼の紛争へと発展したのが“ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争”である。
©2020 Deblokada / coop99 filmproduktion /Digital Cube / N279 / Razor Film / Extreme Emotions / Indie Prod / Tordenfilm / TRT / ZDF arte1
日本とは根本的に状況や成り立ちが異なるため、自分事として捉えることは少々難しいかもしれないが、ぞれぞれの陣営や立場の中で生じていく各々の思惑や葛藤に関してだけは、同じ人間である以上、十分に理解が及ぶはず。
生きていく中で、どうしても価値観が合わない人に遭遇することがあると思う。そんな時、あなたはどうしているだろうか。互いに分かり合うための道を模索し、そのための努力をすることが最善の道であると思うのだが、それは同時にとても険しい道でもある。力づくで相手を捻じ伏せ従わせられるだけの力があるのなら、金輪際その人と関わらなくて済む道を選べるのなら、その力を行使し、自身にとって最も楽な道を選んでしまうのが人間というもの。
劇中におけるセルビアや国連保護軍の思考がまさにそれ。対話の道を断ち、気に入らないものは排除する。たとえ共感はできずとも、理解だけならできるかと思う。そして、全てを救うことは叶わずとも、職兼乱用と言われようとも、せめて自身の家族だけは救いたい。アイダが抱く葛藤、起こす行動、その一つひとつに関しては、言うまでもなく、誰もが共感できることだろう。
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実際に起きた出来事を元にしているとはいえ、実話ではない本作において、アイダは創造された人物でしかない。だが、彼女が辿った末路と同様の道を歩んだ人たちが無数にいたことは容易く想像が及ぶ。
数多の悲劇を生み出した果てに、NATOの軍事介入などを経て1995年の10月に紛争は終結したが、民族間の対立に終止符が打たれたわけでもなければ、相互理解の道へと至ったわけでもない。無慈悲に奪われていった命が戻ってくるはずもなく、心に生じた傷痕が癒えることもない。
だからこそ、同じ過ちを繰り返さないよう、後世に語り継いでいく必要がある。その役目を担っているからこそ、本作には絶対的な価値が宿っている。今この時代を生きる者として、知っておくべき歴史が、目を向けるべき事実があることに、この作品は気付かせてくれる。
『アイダよ、何処へ?』
9/17(金)Bunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開
配給:アルバトロス・フィルム
公式サイト:https://aida-movie.com/
© 2020 Deblokada / coop99 filmproduktion /Digital Cube / N279 / Razor Film / Extreme Emotions / Indie Prod / Tordenfilm / TRT / ZDF arte1
あなたにとっての大切な一本に、劇場へ足を運ぶための一本に、より映画が大好きになる一本に巡り会えることを祈っています。それでは、ミニシアターでお会いしましょう。
©2020 Deblokada / coop99 filmproduktion /Digital Cube / N279 / Razor Film / Extreme Emotions / Indie Prod / Tordenfilm / TRT / ZDF arte1
WOWOW、sweetでの連載のほか、各種メディアで映画を紹介。『GO』『ファイト・クラブ』『男はつらいよ』がバイブル。