最上級のB級映画『サイコ・ゴアマン』と世界的ダンサーの成功譚『リル・バック ストリートから世界へ』 2021.7.13
日本では年間1200本以上もの映画が公開されています(2019年の実績より)が、その全ての作品を見ることはどれほどの映画好きでも金銭的かつ時間的にもまず不可能です。
本コーナーでは映画アドバイザー・ミヤザキタケルが、DOKUSO映画館が掲げる「隠れた名作を、隠れたままにしない」のコンセプトのもと、海外の小規模作品から、日本のインディーズ映画に至るまで、多種多様なジャンルから“ミニシアター”の公開作品に的を絞り、厳選した新作映画を紹介します。
『サイコ・ゴアマン』7/30公開
©2020 Crazy Ball Inc.
カナダの映像集団「アストロン6」に所属し、『パシフィック・リム』『バイオハザードV リトリビューション』などの作品で特殊効果も手掛けるスティーヴン・コスタンスキの単独監督作。
太古の昔より封印されてきた残虐な宇宙人を偶然目覚めさせてしまった8 歳の少女ミミと、兄のルーク。人外の力で人類を滅ぼそうとする宇宙人であったが、ミミが手にした宝石の力によって服従を強いられることに。かくして、「サイコ・ゴアマン」と名付けられた宇宙人と人間の子供による奇妙な主従関係が築かれていくのだが…。
作品のメインビジュアルしかり、上記に記したあらすじしかり、配給会社が命名したジャンル名「SF ゴアスプラッターヒーローアドベンチャー」しかり、B級映画の匂いがプンプンとしてくる本作。おそらく、今あなたが想像した通りの作品と言って間違いない。だが、人それぞれに「B級映画」の定義には少なからず差異がある。まずはその辺りを整理してみよう。
「B級映画」における定義とは何か。低予算で作られていること、上映時間が90分前後であること、無名の監督や俳優によって作られていること、公開規模が小さいこと、ホラーやスプラッターなどのジャンルであることetc…。真っ先に思い浮かぶものは人によって異なるし、今日においては明確な定義はないとも言えるだろう。その上で、僕個人が思う「B級映画」の定義がある。それは、くだらないことを真剣に、本気でやっている映画だ。
©2020 Crazy Ball Inc.
つまりは、僕にとっての「B級映画」とは最上級の褒め言葉であり、ある意味で「A級映画」と遜色のないものである。パッと見は「B級映画」であっても、その実、B級映画の皮を被った「C級映画」というものも多々あり、それらを僕は「B級映画」とは呼ばない。さて、本作『サイコ・ゴアマン』の場合はどうか。無論、最上級の「B級映画」だ。
何も考えず気楽に見て楽しめるし、週末の映画館でポップコーンをつまみ、ビールでも飲みながら目にしたのなら最高の時間を過ごせることだろう。それもまた、B級映画における定義の一つかもしれない。ただ、そういった楽しみ方は、根底に宿るドラマがしっかりしていてこそ果たせるもの。本作は、ブッ飛んだ世界観においてそれを果たしているからこそ面白い。
さながら『ターミーネーター2』のジョン・コナーとT-800、『NARUTO』のナルトと九尾、『寄生獣』の新一とミギーなどを彷彿とさせるミミとサイコ・ゴアマンの関係性。ごく普通の人間と強大な力を持つ存在が、反発し合いながらも手を取り合い絆を結んでいく様は、セオリー通りであるとはいえ、胸打たれてしまうものがきっとある。
育ってきた環境も、その身に宿す力も、生きていく上での思想も、根本的な容姿も、そもそもの生態系も、何から何まで異なる二人。常識的に考えたのなら、到底理解し合うことなど叶わない。だが、「SF ゴアスプラッターヒーローアドベンチャー」が示す奇想天外な出来事の数々を経て、宝石の力を用いた主従関係に変化が生じていく。その様を目にしていく中で思った。どんなに分かり合うことのできない相手だと思っていても、相手を知る努力を惜しまず、真っ向から向き合い続けていく覚悟を持ち、たとえやり方は強引でも諦めることさえしなければ、人と人は分かり合えるのだと。
そんなメッセージを、幼い子供と残忍な宇宙人とで描けていることが、くだらないことを真剣に、本気でやっているということの何よりの証明であり、本作が「B級映画」であることの証明にもなっている。
気楽に見るのも良し、あれこれ深く考えながら見るのも良し、ご自身の「B級映画」の定義を探る時間にするも良し、何をどう楽しむかはあなた次第。どんな風にも楽しめるだけの懐の広さを宿したオススメのB級映画である。
『サイコ・ゴアマン』
7月30日(金)よりシネマート新宿ほか全国順次公開
キングレコード提供 アンプラグド配給
公式サイト:pg-jp.com
© 2020 Crazy Ball Inc.
『リル・バック ストリートから世界へ』8/20公開
©2020-LECHINSKI-MACHINE MOLLE-CRATEN “JAI” ARMMER JR-CHARLES RILEY
『マルコヴィッチの穴』『her/世界でひとつの彼女』などで知られるスパイク・ジョーンズ監督が投稿した動画が火付け役となり、ヨーヨー・マやマドンナとの共演、ルイ・ヴィトンやシャネルとのコラボ、AppleやユニクロのCM出演をはじめ、TVドラマ版『ブラインドスポッティング』への出演も果たした世界的ダンサー、リル・バック。
彼が歩んできた道のり、生まれ育ったテネシー州・メンフィスのバックボーン、メンフィス発祥のストリートダンス“メンフィス・ジューキン”など、リル・バックを語る上で必要不可欠な要素の数々に加え、過去から現在に至るまでの驚異的なダンスシーンを収めたドキュメンタリー作品。
先に白状してしまうが、本作に出会うまでリル・バックのことを僕は知らなかった。日常生活において触れる機会もないため、ダンスそのものにも大して興味がなかった。仕事というキッカケがなければ、この作品に出会うことはなかったのかもしれない。だからこそ、僕と同じような状況にある人が本作を薦められたところで、見る気が起きない気持ちも十分理解ができる。興味のないものに「興味を持て」と言われても、到底無理な話である。
それでも、どうかもう少しだけ聞いて欲しい。前述の「B級映画」の定義のように、「ドキュメンタリー映画」においてもある種の法則があると僕は思っている。一つは、特定の“人物”にフォーカスを当て、その人物の人となりや思想などについて掘り下げていくタイプのもの。もう一つは、特定の“出来事”にフォーカスを当て、それに纏わる人々、歴史、現状などについて掘り下げていくタイプのものだ。
©2020-LECHINSKI-MACHINE MOLLE-CRATEN “JAI” ARMMER JR-CHARLES RILEY
特定の“人物”にフォーカスを当てたドキュメンタリーの場合、まずその人物は何かしらの分野において“特別な存在”である可能性が高い。そういった人物の仕事に対する姿勢や価値観、日々の習慣や佇まいなどを目にしていく中で、学べることが、自らの実人生に還元できることが大いに溢れている。
また、特定の“出来事”にフォーカスを当てたドキュメンタリーの場合、日常の中では知り得ぬ世界や知識、そこに宿る魅力や真実に触れることで視野が広がり、世界はこんなにも広いのだと実感できる。それこそが、ドキュメンタリーの良さではないだろうか。
たとえ興味関心のない人物や出来事であったとしても、そのドキュメンタリーが良作であったのなら、得られるものは十分ある。一歩踏み出すまでが、劇場へ足を運ぶまでが大変かもしれないが、本作は大丈夫。何故ならば、リル・バックを知らず、ダンスにも興味がない僕であっても、得られるものがたくさんあったのだから。
一つのことを突き詰めて継続していくことの難しさと大切さ。柔軟にあらゆるものを受け入れ、より良きものを創造しようとする情熱や向上心。絶望より希望、理不尽な現実より未来の可能性に重きを置ける心のタフネスさ。リル・バックの生き様を通して垣間見えてくるありとあらゆることは、ダンサーのみならず、万人にとって価値あるものに違いない。
元々リル・バックを知っていたり、ダンス好きな人にはもちろんのこと、何かしらの夢を追いかけている人、他分野におけるプロフェッショナルの精神性に触れてみたい人にも、是非とも薦めたい一本である。
『リル・バック ストリートから世界へ』
8月20日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテ、アップリンク吉祥寺他全国順次公開
公式サイト:http://moviola.jp/LILBUCK/
© 2020-LECHINSKI-MACHINE MOLLE-CRATEN “JAI” ARMMER JR-CHARLES RILEY
気になる作品はありましたでしょうか。あなたにとっての大切な一本に、劇場へ足を運ぶための一本に、より映画が大好きになる一本に巡り会えることを祈っています。それでは、ミニシアターでお会いしましょう。
©2020 Crazy Ball Inc. ©2020-LECHINSKI-MACHINE MOLLE-CRATEN “JAI” ARMMER JR-CHARLES RILEY
WOWOW、sweetでの連載のほか、各種メディアで映画を紹介。『GO』『ファイト・クラブ』『男はつらいよ』がバイブル。