酒と肴の味とともに、物語は続いていく──『青春ジャック 止められるか、俺たちを2』 2024.3.15
映画とお酒の極私的な関係をヨッパライ気味に力説するこの連載も、気がつけば早くも三十杯目。時が過ぎるのは本当にあっという間だ。愉しい酒席のように、この場で私は心地良い時間を過ごしてきた。観たばかりの新作映画や、行きつけの飲み屋。あるいは記憶の片隅に大切にしまってある名画や、もう暖簾をくぐることが叶わない居酒屋などのことを思い浮かべながら。
今年の一月下旬、私ははじめて「故人を偲ぶ会」なるものに参加した。お気に入りの飲み屋の大将が昨年の夏に亡くなったのだ。その大将を偲ぶ会である。杉並区の某所に佇むこの飲み屋の詳細を記すのは控えておくが、連載の六杯目(2022年3月号に掲載)の中でも触れている。今年で創業52年。ここで多くの酒飲みたちの人生が交差してきたらしい。まだまだ若輩者である私の人生においても特別な場所だ。
“特別な場所”というと、やはり映画ファンは真っ先に「劇場」を思い浮かべるのではないだろうか。私たちは暗闇に身を委ねてスクリーンを見上げ、名前も知らない他者と時間を共有し、映し出される作品から多くのことを学ぶ。上映作品のラインナップに何か特色のようなものがあれば、それがその劇場のカラーとなる。誰もがお気に入りの劇場というものを持っているだろう。私が日常的にいくつかの飲み屋をはしごするように、劇場をはしごする人も多いはず。それは映画との新たな出会いの機会であるのと同時に、上映作品や客層によって様相を変える劇場に触れる機会でもあるのだ。
『青春ジャック 止められるか、俺たちを2』は、名古屋のミニシアター・シネマスコーレを舞台とした実話がベースの作品である。物語のはじまりは1980年代前半。名古屋でビデオカメラのセールスマンをしていた木全純治(東出昌大)は、映画監督の若松孝二(井浦新)から小さな映画館を立ち上げようと声をかけられる。ちょうど「ミニシアターブーム」がはじまろうとしていた頃のことだ。やがて木全だけでなく、この「場」を拠り所とする金本法子(芋生悠)や井上淳一(杉田雷麟)といった若者たちも、映画に翻弄されながら青春時代を過ごしていくことになるのだ。
“青春時代”とは一般的に私たちが若者として過ごす時期のことを指すが、人によっては生涯をとおして青春時代だったりもする。劇場に入るとえも言われぬ高揚感に包まれるように、私は飲み屋の暖簾をくぐると体温がぐっと上がる。それが自分にとっての特別な場所ならばなおさらだ。お猪口やグラスに口をつけるたび、胸にアツいものが込み上げては止められなくなる。そうだ、誰にも止められない。
酒を飲む場とは、そこを誰が仕切っているのか、そしてどのような人々が集まってくるのかでカラーが変わる。先述した私のお気に入りの飲み屋は、カラーがじつに渋い。いつ訪れても基本的に私が最年少であり、年季の入ったカウンターに並ぶ顔を赤くした人生の先輩方がこのカラーを決定づけている。もちろん、その指針となったのは生前の大将。さまざまな事情から長いこと休業をしていたが、彼が亡くなる少し前に妻であるママが再開させた。残念ながら再び大将が店に立つことは叶わなかったが、多くの人々にとっての特別な場所として、いまも歴史を積み上げている。
「偲ぶ会」は昼間から夜遅くまで続き、ギターを爪弾く人がいれば、歌い出す人もいた。ママの寂しげな表情もときおりパッと輝く。私は大将が舵を切ったこの店で、まだまだ学ぶことがある。そんなことをしみじみ思う一日だった。若松孝二監督が亡くなったいまも物語は続いているように、この店で52年前にはじまった物語も続いているのだ。酒と肴の味とともに。
『青春ジャック 止められるか、俺たちを2』
監督 / 井上淳一
出演 / 井浦新、東出昌大、芋生悠、杉田雷麟、コムアイ、田中俊介、向里祐香、成田浬、吉岡睦雄、大西信満、タモト清嵐、山崎竜太郎、田中偉登、髙橋雄祐、碧木愛莉、笹岡ひなり、有森也実、田中要次、田口トモロヲ、門脇麦、田中麗奈、竹中直人
公開 / 3月15日(金)よりテアトル新宿ほか
配給:若松プロダクション
©若松プロダクション
今回の記事を含む、ミニシアター限定配布のフリーマガジン「DOKUSOマガジン」3月号についてはこちら。
DOKUSOマガジン3月号(vol.30)、3月5日発行!表紙・巻頭は岡田将生、センターインタビューは濱口竜介!
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