酔っ払いの妄想のような『マッド・ハイジ』

折田侑駿

 子どもの頃は、来る日も来る日も来る日も来る日も飽きもせずあれこれ妄想しまくったものである。オレならやれるーー誇大妄想家としての冒険は、思春期に始まった。そしてそれはいまも続いている。少しだけキザな言い方をするならば、「冒険は終わらない」というものになるものの、とどのつまりは「中二病が治らない」というわけだ(やれやれ)。

 同じような状況に陥っている方は少なくないのではないだろうか。自覚症状がある者は、アルコールの摂取には十分に注意すべきである。場合によっては妄想癖がますますひどくなり、やがては社会生活に支障をきたすことにもなりかねないからだ。たとえば、不朽の名作の主人公の“ifの姿”をモーソウしてみたり……。スイスから届いた『マッド・ハイジ』とは、そんな映画である。

 本作は、まあ、わざわざ説明せずとも想像がつくだろう。かの有名な児童文学『アルプスの少女ハイジ』の“その後(つまり大人になった世界)”を描いたもので、あの健気な少女・ハイジをこれでもかというほど大胆な“ifの姿”に変身させている。なにせ、ハイジ(アリス・ルーシー)とペーター(ケル・マツェナ)による藁の上でのピロートークが冒頭から展開するのだ。だが幸福な時間はつかの間のことで、その後すぐにチーズの違法売買を理由にペーターは処刑され、アルムおんじ(デビッド・スコフィールド)も山小屋ごと爆殺されてしまう。こうしてハイジは、愛する者たちを奪った国の独裁者への復讐を誓うのである。

 このざっくりとしたあらすじだけを読むと、とんでもなく荒唐無稽な乱痴気騒ぎが繰り広げられるさまを誰もが想像するだろう。そのとおりである。とんでもなく荒唐無稽な乱痴気騒ぎが繰り広げられる。だけども残念なことに本作は「R18」に指定されており、未成年は観ることができないらしい。といっても、そもそもこの連載ではお酒にまつわる話ばかりを書き連ねてきたわけで、前途有望な未成年の観客はいつも以上に想像をたくましくするのにとどめてほしい(これを機に誇大妄想家としての冒険に出るのもヨシ!)。

 私はこの映画を観終えて、自分がシラフであることに驚いた。劇中に見られる独裁政治による監視/管理された社会は現代社会のカリカチュアだが、作りとしては「ザ・B級」であり、ゴキゲンな酔っ払いの戯言のような映画だからだ。しかしすでに書いているように、私は思春期の頃に例の病を発症している。それから日常的な深酒がたたり、もう取り返しのつかないところにまで来てしまった。日頃からこの『マッド・ハイジ』のような世界を妄想しているというよりも、もはやこのマッドな世界の住人なのだ。

 しばしば私は、虚構と現実を取り違えてしまう。この社会から消されないように、どうにかうまくやっていくしかない。けれども、荒唐無稽な本作がいまの社会を風刺的に描くことができているように、ときに思春期の少年の妄想が世界の真理に迫ることだってあるだろう。ならば、アルコールで思考回路にバグが生じた私のような人間の妄言が、真実を言い当てることだってあるはず。誇大妄想家としての冒険はまだまだ終わりそうにない。手にしているのはもちろん地図などではなく、ブラックニッカの小瓶である。

『マッド・ハイジ』
監督:ヨハネス・ハートマン、サンドロ・クロプシュタイン
公開 / ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿武蔵野館、池袋シネマ・ロサほか公開中
配給:ハーク/S・D・P
R18+
© SWISSPLOITATION FILMS/MADHEIDI.COM

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折田侑駿 文筆家

“名画のあとには、うまい酒を”がモットー。好きな監督は増村保造、好きなビールの銘柄はサッポロ(とくに赤星)。

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