主人公が自分の居場所を見つけるまでの、解放の物語『愛してる!』【根矢涼香のひねくれ徘徊記 第19回】

根矢涼香

新幹線に乗って名古屋にやって来た。3年ぶりだろうか。私は重度の花粉症なので、春の雨は快適でご機嫌になる。西口を出て、居酒屋の勧誘をすり抜けながら街を歩くと、黄色い看板が見えてくる。縦型の看板に目を凝らせば、「燃えよインディーズ シネマスコーレ ここにあり」と書かれているのが分かる。名古屋のミニシアター・シネマスコーレが、開館から40周年を迎えようとしていた。

40周年記念日の前夜祭でもあったこの日に、日活ロマンポルノの新レーベル「ROMAN PORNO NOW」の企画で制作された映画『愛してる!』(監督・白石晃士、脚本・谷口恒平)の上映舞台挨拶が重なり、今回訪れることが出来た。さらにこの日は、ここ数年“スコーレ×白石監督”で行われている超神聖かつマニアックな恒例行事「映画暗黒神降臨祭」が久しぶりに開催され、いつもの名古屋のアツさに増して恐ろしい盛り上がりを見せていた。他言できない呪いがかけられているので内容は極秘なのだが、気になる人は次回の開催時に是非とも名古屋へ足を運んでみてほしい。スクリーン前に腰かけて、副支配人から支配人となった坪井さんとトークを繰り広げ、上映後にはお客さんとお話しできる機会も嬉しく、遠くに住んでいる親戚の皆さん的な距離感にホッとする。映画本編を観ていただいた方から、「不思議と清々しいです」「ロマンポルノと聞いて身構えていたけれど、いつの間にか忘れて楽しめました」という嬉しいお声をいただくのとセットで、困ったようにこう聞かれる。「根矢さん、映画のどこに出ていましたか?」

映画のあらすじはこうである。ドキュメンタリーの密着取材を受けている地下アイドルのミサは、SMラウンジのオーナーから素質を見込まれ、女王様としてスカウトされる。困惑するミサだったが、人気女王様カノンとの出会いで知らなかった快感に目覚めてしまう。

「12月に撮影の可能性がある映画がありまして、お願いしたい役があり、ご相談させてください」と白石晃士監督からTwitterでDMが来たのは、2021年の7月終わりの頃だった。「フェイクドキュメンタリーの設定として、根矢さんにはそのディレクター役で実際にカメラを回しながら、セリフを喋ってもらいたい」とのことだった。SNSで私が女優の友人らを撮影したフィルム写真を見てくださっていたらしく、役者であり同性ならではの視点と距離感で、今回の画を撮ってほしいという監督からの想いだった。ロマンポルノという未知の領域に、今まで自分がやったことのない表現の形で挑戦させてもらえる機会に飛びつき、やりたいですとお返事した次第である。

現場では撮影部の池田圭さんに細かな修正やレンズの選び方などを教えていただきながら、お芝居がメインとなるシーン(劇中の8割)は映画用のカメラを私が手持ちで回している。これまで映画の現場に俳優部として立ってきたのが、今回は演じる側を見つめて画に収める。しかも10分に一度は濡れ場があるロマンポルノだ。緊張感の走るシーン、自分のミスで女優さん達に何度もやらせたくない。気合が入りすぎて謎に私もタンクトップ1枚になることも…。ドキュメンタリーという体裁の生っぽさを気にしつつ、画面にキャラクターの魅力がたっぷりと映るよう必死に追いかけながら、汗水たらして参加した大切な作品になった。なので、画に映る登場シーンと言えばホラー番組で言うところの「おわかりいただけただろうか…」レベルのちょこっと具合。鏡の中で見切れている。なので二度目を鑑賞いただくときは、ずっとカメラの後ろ側にいるのだということを感じてもらえたらと思う。白石監督の言葉を借りれば「私と一体化して私の目線を味わえる」構造だ。(坪井さんは「マルコヴィッチの穴みたいですね!」と言っていた。)

ありがたいことに制作陣の一員として、主演の川瀬知佐子さん、鳥之海凪紗さん、乙葉あい(有川舞衣子)さんをオーディンションの時点から見届ける機会をいただけた。彼女たちがスクリーンで各々に花咲かせていく姿が美しく、フレッシュかつ繊細なエネルギーを貰った。何より本作の企画元になった『変態紳士』を書かれた髙嶋政宏さんはご本人役として出演しており、感嘆必至。画面を通してもそのSM愛が伝わってくる。

ポルノとしてのエロ要素はもちろん踏襲しながら、監督が大事にしたかったのはロマンのほうだと分かる。白石監督は、この映画は青春映画だとはっきりおっしゃっていた。ノーマルだろうとアブノーマルだろうと、何かを好きになる気持ちに後ろめたさはいらない。主人公が自分の居場所を見つけるまでの、解放の物語。今、生まれるべくして生み出された新しいロマンポルノを、是非ともあなたの目に焼き付けてほしい。

『愛してる!』
発売日 / 2023年4月28日
価格 / Blu-ray5,280円(税込)
発売元 / 日活株式会社
©2022日活

根矢涼香
ねやりょうか|俳優
1994年生まれ。『愛してる!』DVD特典のメイキングには沢山登場しているので是非そちらも観て欲しい。肩や首に湿布を貼りながら悪戦苦闘しております。

文 / 根矢涼香 撮影 / 西村満 スタイリスト / 山川恵未 ヘアメイク / 木内真奈美(OTIE)

今回の記事を含む、ミニシアター限定配布のフリーマガジン「DOKUSOマガジン」4月号についてはこちら。
DOKUSOマガジン4月号(vol.19)、4月5日発行!表紙・巻頭は池松壮亮、センターインタビューは細田佳央太!

お近くに配布劇場が無いという方、バックナンバー購入ご希望の方は「DOKUSOマガジン定期購読のご案内」をご覧ください。

根矢涼香 俳優

1994年9月5日、茨城県東茨城郡茨城町という使命とも呪いとも言える田舎町に生まれる。近作に入江悠監督『シュシュシュの娘』、野本梢監督『愛のくだらない』などがある。石を集めている。

この連載の人気記事 すべて見る
今読まれてます RANKING