映画『さがす』井手プロデューサー対談(後編):『さがす』で模索した海外に挑む制作現場の作り方 2022.5.20
アスミック・エースとDOKUSO映画館による次世代クリエイター映画開発シネマプロジェクト「CINEMUNI(シネムニ)」の第1弾作品として製作された映画『さがす』は、アジア最大規模を誇る第26回釜山国際映画祭ニューカレンツ部門に正式出品。『岬の兄妹』から3年、片山慎三監督の長編2作目にして商業デビュー作は、国内外の観客から“唯一無二の衝撃作”という宣伝文句に恥じない大絶賛を浴びている。
そんな『さがす』のプロデューサーであり、「CINEMUNI」プロジェクトの立役者であるアスミック・エースの井手陽子さんと、DOKUSO映画館代表のたまい支配人が対談喫茶しました。(※この記事は後半です。)
※前編はこちらから
映画『さがす』井手プロデューサー対談(前編)】新しい才能と世界を目指す!?「CINEMUNI」プロジェクトとは
編集部:『さがす』の製作において苦労したことをお聞きできますか?
井手:苦労したことは、なんといってもコロナですよね。これは『さがす』に限ったことではないと思いますが、その当時は分からなかったことも多く、広くワクチン接種も始まる前でしたので、不安を抱えながらの撮影ではありました。撮影直前に、緊急事態宣言も出てしまい、、、この時期にクランクインすべきかどうかも、本当に悩みました。キャスト・スタッフの身の安全は、第一に考えなくてはいけない。一方で、この機会を逃すとせっかく集まったキャストたちが次に集まれる見通しが、全く目途が立たずでして。
どういうやり方だったら撮影できるかを、スタッフと何度も話し合い、クランクインしました。それでも日々状況が変わっていくので、対応していくことが大変で…。
たまい:そんな中で、コロナ対策でもありつつ、一番はクオリティを上げるために超少数のスタッフによる長期間の撮影に挑戦されたと。
井手:この体制は監督のご希望でした。なんとか撮影期間を長く確保できないかと。ただ、長い期間の撮影には、その分の予算が当然必要です。しかし、今回の予算で、正直通常の体制で長期間に渡って撮影することは、非常に厳しかったです。
一方で、短期間での撮影が抱える問題も分かっていて。2時間の映画に必要なカット全てを、短期間で撮りきるためには、次から次へと撮影をこなしていかなければならなくなる。片山監督から「日本映画はどうして演出をしっかりする時間がとれないんだろう。低予算だからこそ、そこに時間をかけないと勝ち目はない」とおっしゃって、なんとかそれを実現できないかと模索しました。結果、少数精鋭体制にすることで、撮影期間を確保しました。結果的に、演出にはきちんと時間をかけることができたと思います。ただ、この体制には、良いことばかりではありませんでした。
たまい:なるほど。
井手:良かった点は、スタッフ全員が、監督と直接向き合うので、作品に対して一人ひとりの意識がとても高かったと思います。一方で、スタッフ一人一人にかかる負担は、大きかったと思います。この点は、とても心苦しかったです。
これは、私たち「CINEMUNI」のこれからの課題でもあると考えています。今の日本は、新人監督に大きな予算がつきません。ただ、スタッフが、万全な体調や精神状態でなければ、最高のクリエイティブは生まれないと思います。日本の現状は、なんとかして変えていかなければいけないと思います。どうすれば、それが実現できるのか、常に模索しています。
たまい:そうですね。世界と比べると、日本の製作費は現状とても低い。だけど、「CINEMUNI」は世界に挑戦するプロジェクトと宣言している以上、もちろん監督やキャスト・スタッフたちも世界と戦う熱量で来てくださる。その時に、国内需要だけを意識した予算規模・ビジネスモデルでは限界がありますよね。日本でどう作品を生みだすか、そしてどう世界へ届けるか。
井手:一方で低予算ですが、今回、製作委員会が小さかったのは良かったですね。コロナの影響で、状況が日々変わる中、不測の事態が起きても、すぐに意見交換し、決断し、進められることができました。
たまい:今回のチームは良かったですね。
井手:良かったです。機動力というかフットワークが軽かったですね。
編集部:プロデューサーから見た片山監督はどんな人かお聞きしてもいいですか?
井手:片山監督は、変化を恐れない人だと思いました。脚本はもちろん大事にされますが、現場で生まれるものも大切にし、どんどん変えていく。こだわりは強い一方で、思い入れがあっても必要ないと判断すれば、バッサリ捨てられる。初商業映画で、その部分は本当にすごいと感じました。ラストシーンの演出も、構想は撮影前から頭にあったようですが、撮影中に思いつかれたものだそうです。撮影のときに見学していたスタッフの様子を見て、その反応から、もう先の編集のことへと、頭を巡らせている。
また、自分自身で脚本も監督もする多くの監督が、編集で中々客観的に見れなかったりすることがあります。当たり前ですが、自分で書いた脚本を自分で撮影してるので、当然ながら思い入れもあります。だから、編集作業において、不必要だと理解しつつも、中々切れなかったりするんです。でも片山さんは、編集の時に、本当にフラットな状態に自分を置ける方で。だから、迷わずバッサリ切っちゃったりします。あんなに撮影に時間かかったんだから、ちょっとくらいは…!なんて、プロデューサーの私が思ってしまうくらいです(笑)
たまい:切り替えられるんですね。
井手:とにかく、ずっと考えていらっしゃるなと。脚本も本当にギリギリまで粘られますし、現場に入ってからも、撮影時に生まれる空気を大事にし、変化を恐れないです。すごいなと思ったのは、その場で大切にしないといけないものを、一瞬ですくい取れる力が強いというか。現場で、ふと思いつかれる台詞のやり取りが絶妙で、毎回驚かされました。
たまい:すごいですね。
編集部:そもそもプロデューサーのお仕事ってどういうものなんでしょうか?
井手:プロデューサーの仕事の説明って、なかなか難しいですよね。一言で言えば、判断することと、責任をとることでしょうか。
最初は企画を実現させるために、次に無事に映画を完成させるために、最後に完成した作品をできる限り多くの観客に届けるために。ビジネスやクリエイティブ、マーケティングなどのあらゆる側面から考え、動いていきます。その都度判断し、企画を前に進め、責任をとる。長い期間に渡って、映画と併走し続ける役割でしょうか。
©2022『さがす』製作委員会
編集部:「判断して」、「責任をとる」…。聞いているだけでも大変そうですね。
井手:プロデューサーには、映画に対して、長きに渡り関わり続けるだけの強い想いが必要だと思いますが、想いだけではどうにもならない。いつも、どこかで常に冷静であることを求められますね。
全体をみて、何が最善か考えながら、厳しい判断をすることもあります。特にコロナ禍での撮影では、これまでは当たり前に行っていた撮影方法をNGとせざるをえなかったことも多かったです。映画を無事に完成させることもそうですが、作品や関わった人たちを守ることも、プロデューサーの役割ですから。
たまい:そうなんですよね。漫画でいうと編集長のような感じかな。どうしても作家だったり監督だったり作り手にフォーカスが当たりがちで、もちろんそれで然るべきなのですが、作品をちゃんと無事に世に送り出す仕事の価値ももっと評価されたら良いのになと個人的には思っています。
編集部:では、最後に今後の「CINEMUNI」について教えてください。
井手:「CINEMUNI」は、監督の1、2本目の作品を手がけたいというのがあります。1、2本以上作れている監督は今後も作り続けられる可能性が高いと思うんですけど、やっぱり最初の1、2本目を作るというのが、すごく大変な時代なので。
たまい:そうですね。監督の力だけでインディーズから商業デビューへと登っていくのはなかなか難しいですよね。せっかく才能があるのに登り方が分からないから途絶えるのは勿体ない。
井手:世に出すところが一緒にできればなと。
たまい:出し方も含めて。
井手:監督の商業デビュー作は絶対にヒットさせないといけない、という想いをもってやってます。
たまい:映画界において、デビュー作と2本目は今後のキャリアに大きく影響しますもんね。
井手:片山監督は『さがす』によって、いろんな話が来るようになったとおっしゃっていて、とても良かったなと思います。そのせいで、私たちが片山監督と次回作をご一緒できるのが少し先になりそうな気がしますけど。(笑)
企画の中身、クリエイティブのこともありますが、映画をどう世に出していくのかを考えることが、我々の強みでもあると思っています。今までの経験を活かしながら、それぞれの作品をどのように送り出すのがベストか、いつも一緒に考えていければと思います。
また、日本は特殊なマーケットじゃないですか。ある程度、国内だけで成立させることもできますが、もっと海外も意識して映画を製作し、もっと多くの方に観て頂くことができれば、可能性は広がると思っていて。
たまい:世界中のたくさんの人に見てもらえて興行的に稼げれば、もっと製作費もかけることができて好循環になっていく。
井手:海外といっても、映画祭で評価されることが全てというわけではなく、監督の目指したい方向や、作品の特徴によっては、映画祭では評価されにくいエンタメ作品や、ジャンル性が高いものも含め、色々なタイプの作品の海外展開を模索していきたいですね。
©2022『さがす』製作委員会
CINEMUNI第1弾作品『さがす』絶賛公開中!
https://sagasu-movie.asmik-ace.co.jp/
『さがす』
監督・脚本 / 片山慎三
出演 / 佐藤二朗、伊東蒼、清水尋也、森田望智 他
©2022『さがす』製作委員会
【あらすじ】
「お父ちゃんな、指名手配中の連続殺人犯見たんや。捕まえたら300万もらえるで」
大阪の下町で平穏に暮らす原田智と中学生の娘・楓。「お父ちゃんな、指名手配中の連続殺人犯見たんや。捕まえたら300万もらえるで」。いつもの冗談だと思い、相手にしない楓。しかし、その翌朝、智は煙のように姿を消す。
ひとり残された楓は孤独と不安を押し殺し、父をさがし始めるが、警察でも「大人の失踪は結末が決まっている」と相手にもされない。それでも必死に手掛かりを求めていくと、日雇い現場に父の名前があることを知る。「お父ちゃん!」だが、その声に振り向いたのはまったく知らない若い男だった。
失意に打ちひしがれる中、無造作に貼られた「連続殺人犯」の指名手配チラシを見る楓。そこには日雇い現場で振り向いた若い男の顔写真があった――。
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井手陽子|プロデューサー
アスミックエース㈱映画事業本部編成製作部所属。08年に入社後、映画製作に携わる。主なプロデュース作品に『マエストロ!』(15)、『君と100回目の恋』(17)、『羊の木』(18)、『長いお別れ』(19)、『サヨナラまでの30分』(20)、『さがす』(22)などがある。
DOKUSO映画館の劇場支配人。たまに映画プロデューサー。今年こそ、映画と読書と仕事以外の趣味をつくりたい。