〈新しい私〉を求めて──『ベルイマン島にて』

折田侑駿

©2020 CG Cinéma ‒ Neue Bioskop Film ‒ Scope Pictures ‒ Plattform Produktion ‒ Arte France Cinéma

どこかへ出かけて新しい刺激を受けることが、何かしらの意欲を生むことに繋がる。新しい出会い、新しい話題、新しい体験──それらはいつも私たちを、〈新しい私〉に変えてくれる。だからこそ私たちは、外へ出る。

ときには少し遠くへと、旅に出る。向かった場所が大自然の中ならなおのこと。歌いだす人がいれば踊りだす人もいて、感じたままを文章に、あるいは絵にしてみたいと思ったりする。

そこでの触れ合いで得た刺激が、やがて創作意欲へとも繋がるのだ。この変化を求めて、いままさに外へ出かけようとしている人もいるのではないだろうか(もしやすでに、映画館にいたりしますか?)。

©2020 CG Cinéma ‒ Neue Bioskop Film ‒ Scope Pictures ‒ Plattform Produktion ‒ Arte France Cinéma

ミア・ハンセン=ラブ監督の最新作『ベルイマン島にて』に登場する者たちは、変化を求めてとある島へと向かう。向かった先は、スウェーデン・フォーレ島。世界中の映画人にいまなお影響を与え続ける巨匠、イングマール・ベルイマンが愛した島だ。

ここを訪れるクリスとトニーのカップルは、ともに映画監督。二人が敬愛するベルイマンゆかりのこの島にて何かしらのインスピレーションを得て、それぞれの創作活動に生かそうというのだ。静かに波打つコバルトブルーの海、柔らかな風に揺れる緑、そして、かつてベルイマンが過ごしたという家屋。本作にはこれらの一つひとつが収められ、スクリーンを見上げる私たちもまた、クリスとトニーとともに北欧でのひとときを過ごすことになるのだ。

劇中ではクリスが執筆する脚本の物語が“劇中劇”として展開し、いつしか虚構と現実とが交錯しはじめる。そんなマジカルな時間に、私たちは映画館という場で、暗闇の中で、立ち会うことになる。映画館こそ、〈新しい私〉へと変えてくれる場所だろう。

©2020 CG Cinéma ‒ Neue Bioskop Film ‒ Scope Pictures ‒ Plattform Produktion ‒ Arte France Cinéma

創作を生業とする者が自身の活動に没頭するため、しばしば都会の喧騒から離れて過ごすという話はよく聞く。かの小津安二郎は海沿いの街・茅ヶ崎に逗留し、脚本家の野田高梧とともに数々の傑作を生み出したことが有名だ。

人によっては自らを社会から隔絶させることを目的として出かける場合もあるのだろうが、クリスとトニーのように“非日常的な空間に身を置くこと”を目的とする場合もあるだろう。後者の場合、その先には人や環境との触れ合いが待っている。

©2020 CG Cinéma ‒ Neue Bioskop Film ‒ Scope Pictures ‒ Plattform Produktion ‒ Arte France Cinéma

私はここ数年、不定期でピクニックを開催している。4人程度の少人数で実施するものもあれば、30人ほど集まるものもある。ブルーシートやキャンプ用のイスをそれぞれに持参し、食べ物は一人一品の持ち寄り。お酒は好みが違うだろうから、各自飲みたいものを好きなだけ用意してもらう。

それなりの人数が集まれば、瞬く間に野外パーティ会場のできあがり。土や草木の匂いと、ワインや日本酒の香りが入り混じり、人々の声と小鳥のさえずりとが重なる。木漏れ日を浴びながら缶ビールを一本、二本とあおっていると、昼過ぎにはもう酔っ払いが一人、二人、三人、四人……。

ここへやってくるのは年齢も職業もバラバラだけれど、そのほとんどが創作を生業としている人たち。初参加の人間が必ず何人かはいるものの、気づけばあちこちで初対面の者同士が話に花を咲かせている。

このピクニックの面白いところは、ここで生まれた関係がこの場かぎりのもので終わらないところ。日常へと戻ってみると、ここで出会った誰かと誰かが一緒に何かを創っていたり、ここで得た刺激によって編集者となり創作の世界に飛び込んだ友人もいたりする。この環境下では少々寂しい開催状況となっているが、誰もが〈新しい私〉に変わったあの場を今年こそは復活させたいと願う初夏。ひとまずいまは、『ベルイマン島にて』である。

©2020 CG Cinéma ‒ Neue Bioskop Film ‒ Scope Pictures ‒ Plattform Produktion ‒ Arte France Cinéma

『ベルイマン島にて』
監督・脚本 / ミア・ハンセン=ラブ
出演 / ヴィッキー・クリープス、ティム・ロス、ミア・ワシコウスカ、アンデルシュ・ダニエルセン・リー
公開 / 4月22日(金)よりシネスイッチ銀座 他
© 2020 CG Cinéma ‒ Neue Bioskop Film ‒ Scope Pictures ‒ Plattform Produktion ‒ Arte France Cinéma

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折田侑駿 文筆家

“名画のあとには、うまい酒を”がモットー。好きな監督は増村保造、好きなビールの銘柄はサッポロ(とくに赤星)。

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