『誰かの花』救いはどこにあるのか。日頃見落としがちな心の琴線に触れる力作 2022.1.20
©横浜シネマ・ジャック&ベティ30周年企画映画製作委員会
横浜のミニシアター「シネマ・ジャック&ベティ」の30周年企画作品。『世界を変えなかった不確かな罪』の奥田裕介監督、『ケンとカズ』など数々の作品に出演するカトウシンスケが主演を務める人間ドラマ。
認知症の父と、父を介護する母が気がかりで、二人が暮らす団地へ度々足を運ぶ孝秋。ある強風の日、団地のベランダから落下した植木鉢が住人に直撃するという事故が起きる。外出していた孝秋が家へ戻ると、ベランダの窓は開き、父がしていた手袋には土が付着していた。孝秋は父に対して疑惑を抱きながらも、変わらぬ日常を維持していこうとするのだが…。
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不意に訪れた悲劇によって生じる不和や疑念、とても複雑で繊細な人間模様を映し出す本作。日頃ニュースなどで報じられる同質の事件や事故を目にした際、あなたはどんな風に感じているだろう。
所詮は他人事だと、全く気に留めない人もいる。悪いのは強風であって、不運な事故だと思う人もいる。落ちるような場所に植木鉢を置いていた住民の過失だと思う人もいる。そう、一つの事実に対して、感じ方は人それぞれに異なるもの。そして、外野でいられる内は、“過程”よりも“結果”を追い求めがちだ。
何が起こって、誰が悪くて、どういう結末を迎えたのか。まるでまとめ記事を読むかのように概要だけサラリとなぞり、当事者一人ひとりの心模様について真剣に考えることなどありはしない。
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だが、いざ自分が当事者になってしまえば、そうも言ってはいられない。理屈では何が正しいのか分かっていながらも、割り切れないことが大いにある。間違っていると自覚しながらも、その道を進み続けてしまうことも時にはある。
外野でいた際に求めがちな“結果”へと辿り着くまでには、膨大な時間と苦悩が付きまとい、ようやく結果へ辿り着いたとて、全てが解決するとは限らない。そもそも、失われたものは戻ってこない。
そういった日常においてはなかなか想像し難い“過程”に宿るありとあらゆる心の痛みや葛藤に、登場人物一人ひとりの姿を通して強く寄り添い、容易に答えなど導き出せない事柄に向き合う稀有な時間を本作は与えてくれる。
©横浜シネマ・ジャック&ベティ30周年企画映画製作委員会
仮に、そこに明確な悪意があったのなら、断罪される者があって然るべき。だが、本作において生じる出来事、その始まりに悪意を見つけることはむずかしい。だからこそ、救いが見出し難い。生じた痛みや理不尽がある以上、怒りや悲しみをぶつける矛先を欲してしまうのが人間というもの。
想いのやり場にあぐねる者たちの姿が、激しく胸を締め付ける。被害者・加害者・加害者の可能性を宿した者、それぞれに異なる立場や思惑が交錯していく中で、答えなき答えを求めて彷徨う115分の心の旅路。恐れることなく飛び込んで頂きたい。
現実に根差したこの物語は、ネットやSNSにとらわれがちなこんな時代にこそ必要な寛容さや、他者を思いやれることの価値を示してくれる。本作を目にして生じるであろう思いこそ、今この時代を生きる僕たちにとって大切なものなのではないだろうか。
©横浜シネマ・ジャック&ベティ30周年企画映画製作委員会
『誰かの花』
脚本・監督 / 奥田裕介
出演 / カトウシンスケ、吉行和子、高橋長英、和田光沙
公開 / 1月29日(土)よりジャック&ベティ 他
©横浜シネマ・ジャック&ベティ30周年企画映画製作委員会
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