タイトルを目にして劇場へ駆け込んだ『ぼけますから、よろしくお願いします』【根矢涼香のひねくれ徘徊記 第2回】

根矢涼香

ショッピングセンターというのはどの地域もだいたい似ている。明るすぎない照明、フードコートの食べ物が集まった匂いに、誰にも歩き抜かされないエスカレーター。

「楽しみにしとるけぇね」

聴こえてくる会話の音色が、初めて歩く場所だと教えてくれる。車窓から見える、山に並ぶ茶色い瓦屋根、街を挟むように反対側には海があり、海の向こうに連なるのは、薄く青みがかった島々の頭だ。初めての広島県。これまでは物語の中だった呉の街で、私はキャリーケースを引っ張っている。撮影前日、時間が許す限り町の生活に染み付いた通りや店を歩き回り、演じる人物を想像し、そこに漂う空気を吸い込み肉付けをしていく。広島といえば任侠モノや戦時中を描いた作品が思い浮かぶけれど、私には耳と心に沁みついた光景があるのです。

『ぼけますから、よろしくお願いします。』
娘である信友直子監督が、呉市に暮らす両親を記録したドキュメンタリー作品だ。
認知症となった母、耳の遠い父による「老老介護」の1200日の記録。タイトルを目にしたときは衝撃を受けた。ポスターに写るご両親の可愛らしい笑顔に導かれ、ポレポレ東中野に駆け込んだのを覚えている。監督が撮影に有したであろう勇気を、見る側の私も持つ必要があった。だって本当ならばこれは、目を背けたい、いつかは自分にも起こりうる現実だから。

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撮影 / 角戸菜摘 スタイリスト / 山川恵未 ヘアメイク / 染川敬子(TOKYO LOGIC) 編集 / 永井勇成 衣装 / ブラウス¥5,850/Wild Lily〈問い合わせ先〉Wild Lily 03-3461-4887

※根矢涼香さんの今回のコラムを含む、ミニシアター限定のフリーマガジン「DOKUSOマガジン」11月号についてはこちら。
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根矢涼香 俳優

1994年9月5日、茨城県東茨城郡茨城町という使命とも呪いとも言える田舎町に生まれる。近作に入江悠監督『シュシュシュの娘』、野本梢監督『愛のくだらない』などがある。石を集めている。

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